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「あれ? 思ったより差がついてるぞ」川内優輝がいま明かす、パリ五輪選考会MGCで“まさかの逃走劇” 「ペースが落ちてラッキーと思って(笑)」
text by
涌井健策(Number編集部)Kensaku Wakui
photograph byTakuya Sugiyama
posted2023/11/16 11:05
MGCで130回目のフルマラソンを走った川内優輝(36歳)が、衝撃の独走劇とレースの舞台裏について明かした
「映像で客観的に見ると、正直自分が思っていた以上に差がついていましたね」
レースから2週間後、川内はMGCの印象をこう振り返った。
あの日、川内はスタート直後から先頭に立つと、下り坂を利用しつつ1km3分を切るペースで飛ばした。
「最初は5km、10kmで誰か追いついて来ると思っていたんですけど、折り返しの度に後ろの集団との差を確認して『あれ? 思ったより差がついてるぞ』と。沿道の方らからも『30秒空いたぞ』と教えてもらい、その後も『35秒差』『200m』と。最大で40秒差とも聞こえましたね」
いわゆる劇的な“大逃げ”を展開しながらも川内の頭の中は極めて冷静だった。
「私の場合、苦しい顔をして、ただ粘るだけというレースが多くなっていました。けれど本来は戦略を立て、冷静にいろんなことを考えながら、周囲の景色を見ながら走るときが一番結果がいいんです」
後方でレースを動かしたのは大迫だった。29km過ぎにスッと前に出てペースを上げると、それが2回目の号砲だったかのように選手が飛び出す。多くの若手が大迫をマークしていたことが伝わるシーンだった。
だが前を走る川内は変わらず冷静だった。
「沿道から『堀尾いいぞ!』という声が聞こえてきたんです。その時に私の頭にパッと浮かんだのは、堀尾君が2019年、雨の東京マラソンで日本人トップだったこと。だから『やっぱりきた』と。そして後ろをチラッと見ると、大迫選手がいる、井上選手もいる、と確認できました」
35km過ぎ、スタートから1時間45分以上逃げ続けた川内を集団が飲み込んだ。追いついたのは6名。堀尾謙介(九電工)、小山、赤崎、井上大仁(三菱重工)、作田直也(JR東日本)、そして大迫だ。
川内は最後尾につく。ここまで集団を引っ張ってきた堀尾が一瞬、そのまま行く気配を見せたものの自重。ペースが落ち着く。止まない雨。やや苦しそうな堀尾と井上。冷静な表情の赤崎、小山。集団がやや横長になり、振り落としが始まるかに見えた。
ペースが落ちてラッキー「1km5秒が大きい」
先頭を走ってエネルギーを使ってきた川内は苦しそうに見えたが、このシーンでは内心で喝采を叫んでいたという。