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藤井聡太がまさかのダメ出し「君はそんなことを言ってるからだめなんだよ(笑)」師匠・杉本昌隆が垣間見た八冠のストイックさ
text by
杉本昌隆Masataka Sugimoto
photograph byKeiji Ishikawa
posted2023/10/13 06:00
八冠を達成した藤井聡太。その素顔を師匠の杉本昌隆八段が明かす
こんなこともありました。
羽生善治王位と木村一基八段(現九段)の伊藤園お~いお茶杯第五七期王位戦を、私と当時三段でプロ入り前の藤井、そして同年代の奨励会員で検討していた時のことです。
はっきりと木村八段が有利になった局面にさしかかり、安全策を取ればもうそのまま終わるのではないか、という場面でした。
私も含めてほとんどの棋士は、検討を打ち切っていました。
でも、藤井だけは違いました。ただ一人、攻め合いでの最短の勝ちをひたすら研究していたのです。
正直、無駄な研究ともいえます。実戦がそう進むわけはありません。受けの得意な木村八段ならずとも、10人いたら全員が受けに回る局面です。
他人の将棋でも自分のことのように向き合う
「そんな場面は一回守っておけば、もっと楽に勝てるんじゃないか」
同年代の奨励会員が、何気なくこのような言葉を発した時です。この意味は、持ち駒含めて盤上の駒に戦力差がある場合、長引かせることによって自然と勝ちに結びつくということです。
「いや、君はそんなことを言ってるからだめなんだよ」
藤井は笑いながら、答えました。研究のための研究では、本番で力を発揮することはできません。研究から常に本番を意識して棋譜を積み上げているのです。
文字にするとけっこうきつい表現に思えるかもしれませんが、他人の将棋でも自分のことのように向き合う藤井の性格が表れた一場面でした。
実際の対局はその後、木村八段が安全策を取って勝利を収めました。
彼はそもそも「安全にやろう」といった発想をしない
藤井は、一線で活躍する大先輩の羽生王位と木村八段の対局を眼前にしつつも、その二人の指し手に感心したり指し手を学んだりするよりも、自分ならどう指すか、というところに関心があるようでした。ある意味、二人の指し手に挑戦しているかのようでした。