甲子園の風BACK NUMBER
涙の仙台育英「どけっ!と声を出したのですが」慶応の猛攻と大声援に沈んだ王者…「1年前、大阪桐蔭の号泣」を思い出す“アウェー感”
posted2023/08/23 20:40
text by
間淳Jun Aida
photograph by
Naoya Sanuki
目標としていた“2度目の初優勝”には、あと1つ届かなかった。王者として臨む頂上は険しかった。慶応の左翼手のグラブに飛球が収まると、仙台育英の攻守の要・尾形樹人選手はマウンド上で歓喜の輪をつくる慶応ナインに向けて拍手を送っていた。
「決勝戦は上り詰めた結果、たどり着いた舞台です。負けた感じがしなくて、勝ち負けがないような試合でした。相手におめでとうという気持ちが出て自然と拍手をしていました」
想定はしていた。だが、その圧力は想像をはるかに上回った。“2年連続の初優勝”を目指した仙台育英が慶応の前に沈んだ。スタートは考え得る中で一番避けたい形だった。
須江監督「丸田くんを褒めるしかない」
仙台育英の須江航監督が振り返る。
「うちの先発は湯田、相手は鈴木(佳門)くん。うちが先制点を取らなければいけない展開で、先頭打者の丸田くんに本塁打を打たれてしまいました。あの本塁打が球場の雰囲気を一気に慶応へと変えました。丸田くんを褒めるしかないです」
仙台育英の先発・湯田統真投手は初回、慶応の先頭打者・丸田湊斗選手と対峙する。2球で追い込んだ後、ボールが2球続いた5球目。甘く入ったスライダーをバットの真芯で捉えられる。打球はレフトからライトへ強く吹く風に乗ってライトスタンドへ。ぎっしりと埋まった三塁側のアルプス、さらには三塁側スタンドや外野スタンドでも慶応のチームカラー青と赤のメガホンが揺れる。地面を突き上げるように歓声が聖地を包んだ。
単なる先制点ではない。最も乗せてはいけない打者、丸田に浴びた先頭打者本塁打は仙台育英にとって最大の敵となる慶応の応援団を勢いづかせた。応援の域を超えた騒音にも近い声が、仙台育英ナインから冷静さや集中力を奪っていく。
湯田は2番・八木陽選手を打ち取ったが、3番・渡辺憩選手を2球で追い込んでから粘られて安打を許す。ワイルドピッチで二塁に進塁されて四球を与える。2死までこぎつけて、6番・渡辺千之亮選手をショートフライに打ち取ったはずだった。しかし、プロ注目の遊撃手・山田脩也選手が落下点に入れない。おぼつかない足取りで追った飛球がグラウンドに弾んだ。仙台育英は2点を追いかける展開を強いられた。
ピンチが広がるほど、歓声や拍手が鳴り響く
慶応の圧力を感じているのか――。