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「息子を明徳に入れたい」スマホNGの寮生活も“なぜ部員100人”? 明徳義塾・馬淵史郎が語る「隠れて携帯持っとるやつもおるやろ」
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byKei Nakamura
posted2023/08/18 11:02
監督生活34年、明徳義塾を率いる馬淵史郎(67歳)
馬淵 気力は持つけど、体力は衰えるね。勝負に対する執念はあるよ。それがなくて続けてたら、選手に失礼やもん。
――少し話が変わりますけど、渡辺(元智)さん、高嶋(仁)さん、前田(三夫)さんとベテランの名物監督が次々と現場を退き、少し寂しくなったのではないですか。
馬淵 僕より年上なのは、県立岐阜商の鍛治舎(巧=72歳)さん、専大松戸の持丸(修一=75歳)さんくらいかな。ああ、大垣日大の阪口(慶三=79歳)さんがおるか。
――甲子園の名物監督という意味では、阪口さんは最高齢でしょうね。
馬淵 ますます元気になりよるいうたね。一時は歩くのがしんどそうだったけど。一度、甲子園で「一回は当たりたいですね」って言うたら「君とはやりたくない」って言われたわ。
――常総学院の木内(幸男)さんはちょうど80歳で勇退したんですよね。
馬淵 80歳までやったの! 俺もう70歳で辞めるよ。
――本当ですか。
馬淵 ほんま。あと2年半じゃ。
もう一回、旗を獲るよ
――それはいつ頃から考えていたんですか?
馬淵 そのつもりでやってる。キャンピングカーで女房と日本一周するのが夢なんよ。キャンピングカーは買うか借りるか、わからんけど、温泉巡りがしたい。秘湯巡りや。明徳の試合を追っかけながら。
――どういう心境の変化があったのですか。
馬淵 若いもんも育ってきてるし、いつまでも俺みたいなもんがおったらあかんやろ。いい時に代わってやらんと。と、思ってるんやけど。わからんよ、その時になってみないと。やめるやめる言うて、やってるかもわからんです。一応、そこが区切りだと思って今はがんばってるけど。
――あと2年半でやっておきたいことはありますか。
馬淵 もう1回、旗を獲るよ。夏でも春でもええから。
〈#1「四国の野球は弱くなった?」、#2「勝利至上主義のワナ」からつづく〉