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井上尚弥はどこまで強くなるのか? 頭脳戦でも“モンスター”な男がフルトン戦後に語った“鮮烈KOへの布石”「ボディへの左ジャブは…」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/07/26 17:14
7月25日、スーパーバンタム級転向初戦で2団体王者スティーブン・フルトンを沈めた井上尚弥。8回TKO勝ちの裏には緻密な戦略があった
試合の流れを引き寄せた“モンスターの戦略”
理想的なスタートを切った井上はジャブの差し合いから鋭い踏み込みで右の強打を王者に打ち込んでいった。これはフルトンも十分に警戒しているからバックステップとブロッキングで防ぐ。特に右のクリーンヒットを許さなかったが、これで井上が慌てることはなかった。
「前半の1、2、3、4(ラウンド)は取らせない。そこからフルトンが出てこないといけない展開を作りたかった」
チャンピオンはディフェンスがうまい。そう簡単にクリーンヒットが奪えないことを承知の上で、先手を取り、ガードの上からでもパンチを打ち込む。ポイントを失ったと感じたフルトンは案の定、3回にジャブを増やし、4回はさらに重心を前のめりにしてペースを変えようと試みた。すべてはチャレンジャーの思惑通りだった。
前がかりになってきたフルトンに、井上はしっかり対応していく。無理に攻めず、できるだけリング中央で戦い、ジャブの差し合いを攻防の基本に据え続けた。「プレスをかけすぎるとフルトンに脚を使われるので、かけすぎないようにした」。絶妙な“さじ加減”で試合の流れを引き寄せていった。
ジャブを上下に散らし、ガードの上から右を打ち込み、守ってはバックステップを巧みに使った。反応のいいフルトンはリターンを狙うのだが、井上の出入りのスピードがそれを上回る。3回に鼻血を出したチャンピオンは必死だ。井上の右を封じながら、5回には右をクリーンヒット。7回にもジャブ、右フックを打ち込んで、初めてジャッジ3人の支持を集めた。
しかし、試合の主導権を握っているのはあくまでモンスターだった。「少しフルトンのペースが落ちてきたので圧力を強めた」という8回にクライマックスは訪れる。フィニッシュへの布石はボディへのジャブだった。
「ボディへの左ジャブは突破口として練習していた。前半はそのジャブを単発で使いながら、フルトンが落ちてきたところで右ストレートにつなげようと考えていたので、その一瞬の隙をついた」