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井上尚弥のKO量産は「筋力によるものではない」現トレーナー・八重樫東が語る“間近で見たモンスター”の天才性「井上尚弥のままで引退させる」
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/07/22 17:01
世界3階級制覇を成し遂げ、2020年に引退した八重樫東。現在は井上尚弥のトレーナーを務める
「ぼくがスキルを教えても、彼のボクシングの力は引き上げられない。でも、フィジカルトレーニングにおける体の使い方に関しては伸びしろがあるな、と」
前述の通り、井上の体はボクシングに特化している。すでにムダはなく、言い方を変えれば成長の余地が見いだしにくい。2年7カ月の期間を空けて行われたドネアとの2戦も、「体に関してはほとんど変わっていない」と八重樫は見る。
だが、たとえば重いものを持ち上げさせると、その動きや姿勢には改善できる点がまだまだあるのだ。
「ウェイトトレーニングのフォームを矯正すると、より重いものを挙げられるようになったりする。それがボクシングに生きるかどうかはわかりません。でも、できることが増えれば、ボクシングのパフォーマンスが変わる可能性は出てくる」
「井上尚弥のままで引退させる」
井上は現在29歳。これからは能力を引き上げることだけでなく、加齢に伴うマイナスの幅を可能な限り小さくする努力が必要になってくる。八重樫は言う。
「尚弥は35歳まで現役を続けたいと言っています。いまのトレーニングをそのまま続けていくと、30代に入って落ちていってしまう。ぼくにはトレーナーとしての裏テーマがあって、それは『最後まで井上尚弥のままで引退させる』ということ。そのために必要なのが、アンチエイジングの視点だと思っています」
八重樫は37歳で引退したが、キャリアの終盤には反応の衰えを感じることもあったという。その段になって年齢との戦い方を考え始めたが「もう遅かった」。だが、井上はまだ間に合う。
「井上尚弥が打たれるのは誰も見たくない。神経系統も含めた、反応が落ちないようにするためのトレーニングをさせていきたいですね。それがうまくいけば、もっと若い選手たちに落とし込めるし、競技年齢が長くなる。まだまだ勉強しなきゃいけないことが多いんですけど」
井上はスーパーバンタム級への挑戦も視野に入れる。究極の肉体をつくり維持するために、新米トレーナーの奮闘は続く。
〈つづく〉
八重樫東(やえがし・あきら)
1983年2月25日、岩手県生まれ。'05年にプロデビュー。'11年WBA世界ミニマム級、'13年WBC世界フライ級、'15年IBF世界ライトフライ級を制して3階級制覇。'20年引退。現在は井上尚弥のトレーナーやタレント業、飲食店経営など活動は多岐にわたる。35戦28勝(16KO)7敗。
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