伊良部が宮川記者に殴りかかったのだ。固く握られた拳がドスッとみぞおちに入り、宮川記者は一瞬、かがみこんだ。伊良部はそこから1人、階段を駆け上がって去っていった。あっという間の出来事だった。

旧ヤンキースタジアムのクラブハウスに通じる通路　©Getty Images

たぶん伊良部には、そんな人が必要だった

　翌日、試合前にクラブハウスを覗くと、伊良部がロッカー前の椅子に座り、その横に宮川記者がいて、話し込む姿があった。その夜、試合が終わると2人は飲みに行ったという。それは一晩だけのことではなく、その後はかなり頻繁にあったらしい。

「昨日も行っちゃったよ」

「えっ、またですか」

　宮川記者とそんな会話を何度か交わしたことがある。あの日の出来事がきっかけで、彼らは親密になっていった。

　仕事を離れた場所でそんなに頻繁に会っているのだから、独占インタビューでも手記でも取れたのではないのかと思ったが、宮川記者はそんなことを一切しなかった。伊良部の登板後の囲み取材に、他の記者と同じように加わり、同じように記事を書いていた。そして誰も知らないところで、伊良部の話し相手になっていた。たぶん伊良部には、そんな人が必要だったのだと思う。

ショックだった恩人からの批判

　期待通りの結果が出せず球団の名物ワンマンオーナーであるジョージ・スタインブレナー氏に批判されたこともあったが、その裏でもやはり「雨降って地固まる」事件があった。

　1999年のスプリングトレーニングで、伊良部がオープン戦登板中に一塁ベースカバーに入らなかったことが2試合続いたとき、同オーナーから「あいつはまるで太ったヒキガエルだ。ヤンキースの選手に相応しくない」と批判され、それはまたしても大々的に報じられ、騒動になった。

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