「秋のシーズンが終わると、野球部は食料を求めて中国、四国、九州に遠征に行った。まだ食糧難でしたからね。僕は岡山で東谷夏樹（1930-2006、のち阪急、トンボ、東映の外野手）という高校生を指導するために、一人残された。そこへ天知さんが迎えに来たんですね。

　練習が終わって旅館へ帰る道すがら、フォークボールの話が出た。明治大学は大正12（1922）年に優勝した時のご褒美でアメリカに行っている。このときに天知さんはハーブ・ぺノック（1894-1948、大リーグ通算240勝の左腕投手）のフォークボールを見た。〈どういうボールですか？〉と聞いたら〈ナックルだ〉と言うんです。無回転で落ちるボールだ、と」

六大学ではたった1球しかフォークを投げなかった

　まさに、この会話から、球史に残る魔球「杉下茂のフォーク」が誕生したのだ。ただし、杉下は六大学ではフォークは1球しか投げなかった。

「立教戦で投げたら打者のバットの根っこに当たって、三塁のライン上で止まった。縁起が悪いから以後は投げなかった」

　このままいけば、杉下は大学野球の好投手というだけで終わったかもしれないが――またもや恩師・天知俊一によって、プロ入りの道が開けたのだ。

＜#2につづく＞

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