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ラウンドガールが格闘家として異例のプロデビュー…空手の全国大会3連覇・宮原華音は“最強の女子小学生”だった「男子にも勝つ気満々でした」 

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布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

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photograph byShigeki Yamamoto

posted2023/04/08 17:02

ラウンドガールが格闘家として異例のプロデビュー…空手の全国大会3連覇・宮原華音は“最強の女子小学生”だった「男子にも勝つ気満々でした」<Number Web> photograph by Shigeki Yamamoto

4月21日の『RISE167』でプロキックボクサーとしてデビューする女優・モデルの宮原華音が、NumberWebのインタビューに答えた

――それ以前から、将来的には芸能界で生きていこうと考えていたんでしょうか?

宮原 いえ、そういう気持ちは全然ありませんでした。もともとは読者モデルの延長みたいな感じで、「ちょっとチヤホヤされたいな」という気持ちでやっていたので……。ただ中学3年生のときに空手を続けるのか、それともモデルをやるのかの岐路に立たされて。家族会議で「結局、どっちを選ぶんだ?」という話になり、お母さんと「三愛の水着イメージガールに落ちたら、今後一切芸能活動はやらない」と約束したんです。

 自分でも受かるとは思っていなかったんですけど、奇跡的に受かってしまった(笑)。それまでは空手部のある高校に練習に行かせてもらって、インターハイでの優勝しか考えていなかったので、ふたたび家族会議になって、「両立を目指してもいいんじゃないか」という話に落ち着きました。

「空手道に染まっていたので…」芸能界での苦悩

――ただ、芸能界と空手の部活動では、扱われ方がほとんど真逆だったと思います。そのギャップに戸惑うことは?

宮原 どちらかといえば、マインド的には空手道に染まっていたので、芸能活動の方が大変でした。最初はポージングや笑うことも全然うまくできなくて……。私がメインで立たせていただいているショーなのに、まわりの人の方がずっと素敵だったりして、結構メンタルをやられていましたね。逆に空手をやっているときはメンタルが落ち着きました(笑)。

――競技としての空手はいつまで続けていたんですか?

宮原 いまでも道場に名前は残っていますが、最後に試合に出たのは20歳のときです。ある大会の一般女子の部に出て優勝しています。そのときは結構、上段回し蹴りが決まりましたね(笑)。仕事でアクションをやっていたおかげで、蹴りがうまく使えるようになっていました。

――空手道も厳しいですが、芸能界も厳しい世界です。心が折れそうになったことは……。

宮原 正直、ずっと不安はありました。「就職もできないわけではない」という選択肢を作るために大学にも行きましたし……。そんな感じでずっと迷っていたんですけど、大学を卒業して“芸能一本”になったときに「このままじゃダメだ」と悟ったんですよ。そこからスイッチが入って、「30歳までにちゃんとした生活ができなかったら芸能界を辞めます」と家族に宣言しました。

<つづく>

#2に続く
スパーで鼻血、試合では一撃KO…“戦うラウンドガール”宮原華音がキックボクサーとしてリングに立つ理由「私たちも格闘技に本気なんです」

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