センバツ前に習得したスプリット

　1年秋から背番号を与えられた福本は、控えピッチャーながらも登板機会を多く与えられ、県大会決勝では先発を任されるなど下級生時から岩井の英才教育を施されていった。

花咲徳栄・岩井監督　©Genki Taguchi

　その福本がピッチャーとしての幅を広げるきっかけとなったのが、エースとしてセンバツ出場を懸けて投げた2年秋の関東大会である。

　福本が明かす。

「県大会から関東大会までの期間で、岩井先生から『左バッターに投げる球種がないから』と、スプリットを教わったんですね。それが、関東大会では効果的でした」

　人差し指と中指でボールを挟むフォークボールは、福本には合わなかった。しかし、ボールの縫い目に指を添えるように浅く握って投げると、今でいうツーシームに近い軌道でストンと落ちた。フォークほどの落差はないが、相手バッターのタイミングをずらしたり、バットの芯を外してゴロを打たせるには最適なボールとなった。それまでスライダーとカーブしか投げられなかった福本にとってスプリットは大きな武器となり、花咲徳栄にとって初のセンバツ出場を実現させる「伝家の宝刀」となった。

　だからといって、その力が「＝全国で通用する」と思い込むような不遜は一切なかった。

　センバツに出る好投手を見渡す。

　同じ埼玉から出場する浦和学院の須永英輝、遊学館の小嶋達也、広陵の西村健太朗……当然、2年生のダルビッシュも含まれている。

「西村君とか大会前から注目されているピッチャーと比べると、三振を取れるわけではなかったし、完封もほとんどしたことがなかったんで。そのなかでもダルビッシュ君は特に有名でしたもんね。『すげぇ選手だな』っていう目でしか見てなかったです」

　福本からすれば、彼らは張り合う相手ではなく「雲の上の存在」であり、戦うべきは目の前の相手チームだけだった。

　©BUNGEISHUNJU

初戦突破。次の相手こそ…

　初戦。秀岳館相手に延長13回を投げ切り、チームを勝利へと導いた花咲徳栄のエースは、試合後の囲み取材で目が点になった。

「次は東北高校が相手ですけど」

　記者からそう問われ、反射的に「次も一生懸命頑張ります」と答えた。

　だが、心では本音が溢れていた。

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