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伊藤大海は“ファイターズジュニア不合格”で変わった…たこつぼ漁師の父が語る練習の日々「最後の一球に、大海はいつもスライダーを」
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byTakuya Sugiyama
posted2023/03/04 17:00
日本ハムの主力として活躍し、WBCでの力投も期待される伊藤大海
幼い頃からプロ野球に憧れたのは、自然なことだった。野球はいつも身近にあった。父は“落合博満キラー”として名を馳せた盛田幸妃さんと幼なじみで、大の巨人ファン。漁がない日は野球中継にのめり込む。
「時化(しけ)で漁に出られない日は、朝はメジャーで夜はプロ野球。甲子園が始まるともう一日中、野球漬けです」
取材の最中も、テレビで巨人とファイターズの試合が流れていた。イースタンの。「二軍といっても有望株が多いので見逃せません」と父は言う。
カルガモの雛がそうするように、伊藤はいつもテレビで目にするイチローや松井秀喜の背中を追いかけ始める。両親は、そんな息子を温かく見守り、手をさしのべた。清光さんは幼少期、“巨人の星”を夢見ながら父に許されなかった苦い記憶がある。そんな悔しさを、息子には味わわせたくはなかった。そこには気候変動のせいか近隣の漁獲高が落ち込み、漁師を継ぐ若者が減っているという事情もあった。
母「大海はだれも考えないようなプレーをする」
伊藤は小2のとき、初めて野球チームに加わる。鹿部クラップーズ。グラブを上げて右へ左へとフライを追う子どもの動きがカニに似ていることから、この名がついた。クラップーズは小3にならなければ入団ができないという決まりがあったが「始めるなら早いうちに」と考えた両親が監督に掛け合い、息子の入団を取りつけた。
伊藤は同級生に比べて小柄で非力だったが、俊足を買われて1番センターに定着。チームに欠かせない“切り込み隊長”になる。第1打席の初球には、必ずセーフティバントを試みた。器用に転がして出塁すると盗塁、もしくは送りバント。得点圏に進めば、頼りになる中軸が還してくれる。