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ミルコ・クロコップの左ハイは「芸術の域に達していた」…格闘技カメラマンが明かす“伝家の宝刀”の秘密「完璧に撮れたことは一度もない」
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph bySusumu Nagao
posted2023/03/05 12:20
2001年3月のピーター・アーツ戦でハイキックを繰り出すミルコ・クロコップ。この写真にも「完璧に撮るのが難しい理由」が隠されている
2000年12月10日、東京ドームで行われたホーストとの3度目の対戦は両者ともに決定打を欠き、延長戦へともつれ込んだ。するとホーストは一気にギアを上げてミルコを攻め立てる。ミルコはクリンチを多用し、あからさまに疲れた表情を見せる。老獪さだけでなく、すべての面でホーストが上回っていた。それにしても、試合中にあれほど弱気なミルコは見たことがない。ホーストがいる限り、ミルコがグランプリで優勝するのは難しいだろうと感じてしまうような試合内容だった。
芸術の域に達していたミルコの左ハイ
2001年1月に富平辰文を左ハイキックでKOすると、3月には“暴君”ピーター・アーツと対戦。ミルコは警察官の仕事を休職し、この試合に臨んだと聞いた。前年暮れのホーストとの試合で、片手間で勝てるほど格闘技は甘い世界ではないと痛感したのかもしれない。試合では鋭い蹴りがアーツの側頭部に何度も炸裂し、ミルコが判定勝利を収めた。
来るとわかっていても避けられないミルコの左ハイキックは、この頃から既に芸術の域に達していた。私はカメラをフィルムからデジタルに持ち替えて、その決定的瞬間を何百回と狙ったが、完璧に撮れたことはない。デジタルカメラはフィルムにはない高度な連射機能を持っているにもかかわらず、である。
蹴り出す前から、ヒットして相手が倒れるところもコマ送りのように撮れてはいる。では、なぜ満足できないのか。それは左足が当たった瞬間、ミルコがいつも目をつぶっているからだ。ある種の癖なのかもしれないし、ヒットしたときの衝撃で目を閉じてしまうのかもしれない。同じ蹴り技でも、ローキックやミドルキックでは目を開けているのに……。ミルコの試合は日本だけでなく、アメリカやイギリスなどでも撮影したが、残念ながらハイキックを完璧に写真に収めることが叶わないまま、彼は引退してしまった。
話を2001年に戻そう。6月、私はミルコと一緒にメルボルンにいた。この年はK-1グランプリの予選が世界各地で実施され、そのトーナメントの優勝者のみが、年末の本戦に出場できるというシステムだった。私はK-1のオフィシャルカメラマンとしてオーストラリアに派遣され、ミルコは同トーナメントの優勝候補と目されていた。1回戦の相手はカナダ出身で、日本に練習拠点を移したマイケル・マクドナルド。前年8月に他界したアンディ・フグのチームメイトで、スピードはあるが、パワーと経験値でミルコの圧勝だろうと思われていた。