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オリンピックPRESSBACK NUMBER
「引退をずっと考えていました」高梨沙羅が明かす“涙のスーツ失格騒動からの8カ月間”「検査ルールに不明瞭な部分があると思います」
posted2022/11/12 11:03
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph by
Asami Enomoto
「私にとって忘れてはいけないこと」
「ふとした時に思い出してしまいますし、私にとって忘れてはいけないことなので……」
10月中旬、白馬村の山の木々は少しずつ色づき始めていた。北京オリンピックからはもう8カ月が過ぎていた。久しぶりに会って話を聞いた高梨沙羅は、彼女を絶望の淵に突き落とした苦い経験について「ついこないだみたいな感じがしますね」と言って語り始めた。
彼女にとって3度目の五輪は、結局のところ混合団体戦におけるスーツの規定違反による失格騒動がすべてになってしまった。
4位に終わった個人戦の後の団体戦。1本目で日本チームを勢いづけるジャンプを見せたものの、直後にまさかの失格裁定を受けた。号泣する姿の痛ましさ、それでも2本目を飛び切った強さ、そして彼女を支えたチームの優しさ。メダルには届かなかったが、間違いなく北京オリンピックの1つのハイライトだった。
他国からも多数の失格者が出たことを受けて、競技が終わってからも審判の計測の仕方やルールについて様々な意見が噴き出し、今回のスーツの問題は“スキャンダル”とまで言われた。
だが、これまで当事者である彼女の口からその詳細が語られることはなかった。
五輪の直後、高梨の周りのスタッフからは「とても大きなショックを受けているので、まずは精神面のケアを第一にしていきます」と伝えられていた。ただ、今回インタビューを受けると決めた以上、ある程度気持ちの整理がついたということ、少なくとも心の準備はできているはずだった。
「あの映像はどうしても、見返せない」
それでも話が核心に近づくにつれ、彼女の声色は沈んでいった。
「(スーツなどの検査をする)マテリアルコントロールを受けた時にやったことない測り方だったので、もう1回測ってくださいってお願いをしたんですけど、それが受け入れられなくて、却下されて。『いや、そんなはずないからもう1回お願いします』と言っても答えはずっとNOだったので、これはラチがあかないと思って外に出たんですけど、その瞬間にもう頭が真っ白になりました」
そこからの記憶は途切れ途切れだという。覚えているのは他の国にも失格者が出て日本が2本目に進出できたため、飛ぶかどうかの意思確認をされたこと。「飛ぶしかない」。即座にそう思ったという。