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プロ野球PRESSBACK NUMBER
草野球で無双していた謎の男が“ドラフト10位”で指名されるまで…元ヤクルト田畑一也「ドラフト最下位」秘話〈パンチョ伊東のラストコール〉
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph bySankei Shimbun
posted2022/10/19 11:01
ヤクルトでの活躍が印象深い田畑一也。異色の経歴を持つ男は、1991年ドラフト会議でダイエーから10位指名を受けてプロの道を歩み出した
翌年の春。今年のセンバツはどうかなんて話題が町の人たちからちらほらと聞こえるようになってくると、田畑は退部以来はじめて北陸銀行の試合を観に行く気になった。つい半年前まで一緒に戦っていたチームメートをスタンドから応援していると、彼らの姿が遠くに感じられると共に、物凄くカッコよく見えたという。
「『やっぱり俺は野球がやりてぇ』。そんな感情が蘇りました。でも、僕にはもうこんな舞台に立つ機会は巡ってこない。悔しいなと思っていたら、知り合いがやっている居酒屋の草野球チームから『一也、やらねぇか?』って誘われて。そこから軟式野球をはじめたんですね」
幸いなことに田畑の所属したチームは草野球とはいえ、全国大会に出場するほどレベルが高く、さらに野球に対して熱い情熱を持つ人たちが集まっていた。だが、肩を故障して手術をしてから一度も投げたことがない自分が、どれだけのボールを投げられるのだろうか。軟球とはいえ1年ぶりに握ったボールを、恐る恐る投げてみると、自分でも驚くほど伸びのあるボールが飛んで行った。あれだけ悩まされた肩はまったく痛まない。おそらく大工仕事で重い荷物を運んだり、金鎚を打つなどの作業が肩のリハビリとなったのではないかと田畑は推測するが……真相は定かではない。
草野球で無敵状態、出勤前に見た「入団テスト」
思う存分投げられるようになった田畑は、草野球で敵なしの快進撃を続ける。1試合7イニングで18奪三振の記録、早朝野球の大会では次々と優勝を攫い無敵状態。しかし、それ以上に野球ができることが楽しくてしょうがない。それだけで十分に満足だった。
そんなある朝の出勤前。いつものように北日本新聞を読んでいると、こんな文字が目に入った。
“福岡ダイエーホークス 入団テスト開催”
当然、自分の力を試してみたくなった。
「練習を再開したのは、その募集要項を見たテスト1カ月前からですね。とはいっても仕事終わりにシャドーをしたり、ちょっと走るぐらい。今さらプロ野球に入れるなんて思っていませんよ。それより、あれだけ『途中で辞めたら許さない』と言っていた親父に、このことをどう伝えるかでしたね」
「野球にケリをつけるためにテストを受けたい」
そう申し出ると、父親は何も聞かず承諾してくれた。母親はお金がなくテストの行われる福岡までの旅費がないことを見越して、そっと餞別を持たせてくれた。