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「自分の殻を破るため」田中希実23歳が海外レースに出場する理由「国内ではカッコよく勝たないと…」「レース前からイライラしてました」
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byAyako Oikawa
posted2022/09/16 17:00
ニューヨークでの1マイルレースに出場。好記録で5位となり穏やかな表情をみせる田中希実
1500mの準決勝で田中は積極的にレースを引っ張り、ペースを作り、自らの力でファイナリストの切符を掴み取った。
組分けなどを含め「運が良かった」と田中は振り返るが、運だけでは決勝に進めない。決勝で8位に入ったのも、自分よりも自己ベストのいい選手を相手に勇敢に立ち向かった結果だ。
しかし五輪で経験した「無心のレース」の感覚が強烈過ぎたのだろうか。東京五輪以降、なかなか思うようなレースができていない。今夏のオレゴン世界陸上でも、そのきっかけを掴むことはできなかった。
世界陸上で受けた心のダメージ
7月に米国オレゴン州で行われた世界陸上で田中は800m、1500m、5000mの3種目に挑戦した。
最後の種目、5000m決勝の後、田中はポロポロと涙をこぼしたが、当時の心境をこう振り返る。
「世界陸上で自信が喪失したというか。3種目挑戦できたのはいい経験ですが、逆に3種目挑戦したことで精神的なダメージが大きすぎた。ほかの選手なら1種目でのダメージですが、私は3種目あったので、1種目で失敗しても落ち込んでいる暇がなく、前に進まないといけない状態で、気持ちに蓋をしていたのかなと思う」
大きなプレッシャーを抱えながら世界陸上に臨み、思うような結果が出なかった悔しさ、もどかしさ、そして世界に跳ね返された敗北感、さまざまな思いがその涙にこもっていた。
「世界陸上で3種目に出場していますし、ほかの人から見たら、順調だと思われているかもしれません」
少し俯きながら田中は続ける。
「私はこれまで挫折らしい挫折がなかったのですが……」
3種目に挑戦したことは後悔していない。むしろそこから学んだことは大きい。だが世界陸上でタイムの更新や入賞という目に見える結果が出せなかったこと、そして次に進むきっかけを掴めなかったことを「挫折」と捉える。
結果が出なかった要因の一つに、心が整わなかったことも挙げられる。
「世界陸上の時はレース前からイライラしていました」