――“ウルフ”の親心を感じる素敵なエピソードですね。平成10年（1998年）名古屋場所では、ケンカのような激しい突っ張り合いが話題になった武双山戦もありました。

　武双山関は、言ってしまえばエリート中のエリート。なにせ家の庭に土俵があったんだから。ほぼ同期だけど学年は5つ上で、僕にとっては大きなチャレンジです。でも、そういう人たちを倒すことが僕の生きがいでした。あのとき、別にぶっ叩いてやろうなんて思っていなくて、むしろ先に叩かれたのは僕のほう。もちろん、相手も不可抗力だったんだけど、張られた瞬間に頭が真っ白になって、スイッチが入っちゃったんですね（苦笑）。

　そこからは1万人のお客さんのことも忘れて、相手の息遣いしか聞こえないくらい、完全に入り込んでいました。空手をやっているような感覚で、短い時間でいろんなことを考えて……。それで、僕が間合いを取った。もう普通の相撲からはかけ離れたような間合いです。それを武双山関も察知して、“殴り合い”の準備に入ったんだよね。当時の理事長にはすごく怒られたけど、現役の先輩方には「男の勝負だから」と褒められたくらいでしたよ。

1998年名古屋場所9日目、武双山と千代大海の壮絶な張り合い　©Sankei Shimbun

――今も語り継がれる壮絶な一番ですが、禍根はいっさい残らなかったそうですね。

　もちろん、仲が悪いわけじゃないんです。むしろ同期生なので仲がいいし、武双山っていう男の存在をすごく意識して、真似をしようと思った時期もありました。バチバチになったあの一番は、お互いに楽しみながら、後腐れのない魂のぶつかり合いでしたね。最後は相手が頭をつけて押してきて負けたけど、気持ちのいい相撲でした。武双山関は、僕をあそこで成長させてくれた、相撲の栄養素みたいなものです。ある意味、あれで自分の相撲のキャラが立ったと思っています。

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