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60歳で優勝、最低クラスから“奇跡のカムバック”…ボートレーサー日高逸子が走り続ける理由「どん底からはい上がるのが私らしい」
posted2022/08/12 11:01
text by
田中耕Koh Tanaka
photograph by
Koh Tanaka
スポーツ科学の発展に伴い選手寿命が伸びている中、誰もが目を疑う想定外の年齢で、トップアスリートとして活躍する女性がいる。ボートレース界をけん引する福岡市在住の60歳、日高逸子。2020年秋に最低ランクのB2級まで陥落しながらも、今年7月に最高ランクのA1級に復帰。還暦を過ぎてのA1級へのカムバックは女子では初の快挙となった。「年齢の壁」を乗り越え、いまなおトップレベルで戦う彼女の強さの秘密に迫った。(全3回の1回目/#2、#3へ)
日高は1985年にデビューし、男子と互角以上の戦いを繰り広げ通算2000勝、女子賞金王など数々の金字塔を打ち立てている。生涯獲得賞金は、女子最高の10億円超。専業主夫の夫に支えられ、娘2人を育てながらトップ選手として君臨してきた日高を、人々は「ボートレース界の女王」「グレートマザー」と呼ぶ。身長155センチ、体重46キロの小柄な体を鍛え抜き、闘志ほとばしるレースでファンを魅了してきた。
最高ランクから最低ランクに陥落
ところが、そんな順風満帆の道が一気に絶たれ、選手生命の危機に立たされたのは、福岡で開催された2020年9月5日の最終戦だった。
ボートレースでは、選手がフライングすれば舟券は全額返還される。ファンは期待を裏切られ、主催者の収入は減る。選手はその責任を負い、出場停止処分を受ける。1回目は30日間、2回目は60日間、3回目は90日間。その間は無収入となり、3回目ともなると降格処分が下される可能性が高い。
日高は既に2度のフライングを犯していたが、この最終戦を無事故で完走しさえすれば、A1を維持できるはずだった。並の選手なら「安全策」を選ぶだろう。しかし、日高は違った。
「ほかの選手に負けたくないし、守りの戦いはしたくなかった。人気の1号艇だったし、ファンの期待に応えるのに必死だった」
結果はフライング。それも、わずか100分の1秒。まばたきする間もないほどの違反で、日高は150日間の出場停止処分を受け、選手ランク(A1、A2、B1、B2の4階級)はA1級から一気にB2級への降格となった。