現在は東京・高田馬場のリンクで子どもたちの指導を続けている野上は「どうすれば羽生君のような選手を育てられるのか。どれだけ考えても、答えは出てこない」と語る。

「生まれついての才能と、努力を続ける才能の両方を持ち合わせていると思いますが、それだけじゃない。ホームリンクの閉鎖や震災など、いろんな困難を経験して人間的に成長したことが、スケーターとしての飛躍と重なっている。それは指導者がコントロールできる領域ではなく、やはり本人次第なのだと思います」

　震災からわずか3年後のソチ五輪で、羽生は金メダリストになった。祝勝会に招かれた都築は、かつての愛弟子からこんな問いかけをされたという。

「先生、僕のやったことはみんなに感謝されているかな？」

ソチ五輪の羽生　©Sunao Noto/JMPA

結弦にはいつか、日本を変えるようなメッセージを

　頂点に立った奢りは微塵もなく、他者の感情を常に意識しながら、自らの内面に取り入れ、演技につなげていく。中国GPでの怪我からすぐに復帰し、日本男子史上初のGPファイナル連覇を成し遂げたヒーローを“怪物”と称したスポーツ紙もあったが、都築は「彼にとっては、それほど特別なことではないのかもしれない」と言う。

「技術的にも肉体的にも、表現的にもすべて究極を求め、常に壊れる寸前まで自らを追いこまないと前には進めない。結弦はいつのまにか、そんなレベルの人間になってしまったんです。普段からスケートと自らの人生に真摯に向き合っている。その気持ちは生半可ではないんです。結弦にはいつか、日本の教育を変えるようなメッセージをスケーターとして発信してほしい。そうなれば、未来の子どもたちはどんどん世界に出て行ける」

　その才能と人間的な魅力は、師弟、あるいは年齢という概念も超越してしまうのだろうか。日本フィギュアスケーティングインストラクター協会資格認定委員長の肩書きを持つ76歳の恩師は「結弦と一緒にすごした時間、結弦のこれからの成長が、私自身の肥やしになります」と言って笑みを浮かべた。

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