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競馬マンガの金字塔『みどりのマキバオー』はいかに生まれた? 作者つの丸が語るこだわり「悪役は作らない」「特定のモデル馬はいません」
text by
屋城敦Atsushi Yashiro
photograph byShiro Miyake
posted2022/06/26 11:00
『マキバオー』作者のつの丸氏の特別インタビュー(全3回)
「荒唐無稽なバランスが好きなんです」
ファンタジー色を入れるのは、少年マンガとしてつねに読者の姿を念頭に置いているからでもある。
「モンゴル編では狼と戦ったりとか、競馬とはまったく関係ないトレーニングばかりしていました(笑)。僕自身は、あれくらい荒唐無稽なバランスが好きなんですよね。少年ジャンプの読者でもある子どもたちも、あのくらいの方が読みやすいはずだし」
『みどりのマキバオー』の世界では、動物が人間とコミュニケーションを交わせるという設定になっていて、ミドリマキバオーもネズミのチュウ兵衛や騎手の山本菅助らと会話しながらレースを戦う。レース中には、他の馬や騎手たちとも会話が交わされている。
「競馬って、ほかのスポーツと違って、遠くから眺めるとただ走っているだけなんですよ。何もしないと退屈なシーンばかりになってしまう。だから、馬同士の会話や騎手とのコミュニケーションはレースシーンを“魅せる”上ですごく重要な要素でした」
ファンからは“黒歴史”とも言われる海外遠征編だが…
さらに、最強のライバル・カスケードと有馬記念で雌雄を決した後は、よりファンタジー色を強めていく。
「有馬記念まで描いて、描きたいことはもう出し尽くした気持ちが正直あったんです。だから、その後はもうちょっと子ども向けにファンタジー色の強いお話を描いてみようかなということで海外遠征をさせてみました。
そもそも当時はインターネットも全然普及していなくて、マジメに描こうと思っても正直描きようがなかったんですけどね(笑)。一部のファンの間では今や“黒歴史”になっているみたいですが、作者としては好きに解釈していただければと思っています」
現在でこそ、「凱旋門賞挑戦」など毎年のように聞かれるようになったが、当時はまだ海外のレースに勝つのはおろか、遠征することさえほとんど行われていなかった。そんな中、実はつの丸はドバイワールドカップとブリーダーズカップ、ふたつの世界最高峰のレースを観に海外取材を敢行している。
「ドバイはとにかく大変でしたね。お酒も飲めなかったし、当時は遊ぶところもなくて取材する以外に何もすることがなくて本当にしんどかったです。ホテルにいるしかなくてどう過ごしたらいいかわからず、ずっと途方に暮れていました。しかも、レースが大スコールに見舞われて1日延期され、帰国便に間に合わなくなってしまうので結局肝心の本番が取材できなかったんですよ(笑)」
ドバイでの苦悩は、作中でベアナックルらが代弁している。また、アメリカのブリーダーズカップでは、当時の北米競馬のレベルの高さに圧倒された。
「衝撃でしたね。こんなところに日本馬が遠征しても、まるで勝てるイメージが湧きませんでした」
海外遠征編での日本チームの苦戦は、現地での肌感覚がベースになったのだろう。