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「引退する姿が想像できない」武藤敬司が見せた“永遠のプロレスラー”という甘美な幻想…「ゴールのないマラソン」発言の真意とは?
text by
原壮史Masashi Hara
photograph byMasashi Hara
posted2022/06/22 11:03
6月12日、武藤敬司はさいたまスーパーアリーナのリング上で「来年の春までには引退します」と発表。長年酷使した肉体は限界を迎えていた
同年6月6日のサイバーファイトフェスティバルで丸藤正道にベルトを奪われたものの、「強い衝撃が加わると周りの骨が金属に負けて折れてしまう」という理由で医者から禁止されていたムーンサルトプレスを放ち度肝を抜いた。大腿骨を折って一生歩けなくなる可能性もあり、試合後には今度こその封印を誓った武藤だが、ベルトやムーンサルトが無くなってもリングに上がれば主役であり続けた。
復帰戦で見せていた異変「気持ちが落ちるよ…」
還暦が近づいてもなお最前線で輝き続ける武藤だったが、今度は膝ではない場所が悲鳴を上げた。昨年10月頃から違和感があったという股関節だ。
今年の元日の日本武道館大会ではGHCタッグ王座を防衛したものの、「試合後ぐらいから左の股関節が痛くなって、歩くこともままならない」という状態になってしまった。1月の試合には痛み止めを打って出場を続けたが、2月にベルトを返上し長期欠場となった。
復帰が叶ったのは5月21日の大田区総合体育館大会だった。タイトルマッチが3試合あったものの、復帰戦がメインイベントに配され、大会メインビジュアルにはサイボーグ化した武藤と『武藤敬司、再起動』のキャッチコピー。永遠の主役であることは明らかだった。
ところが、自身でも待ち望んでいた復帰を果たした武藤は様子がおかしかった。「相手の技を受けるんじゃなくて、自分の技を仕掛ける時に痛みが走る」という事実を自身の体から知らされ、「気持ちが落ちるよ……」と落胆を隠さなかった。さらに「近々、報告することがあります」と言ってコメントを切り上げた。
そんな武藤の姿は、否応なく「引退」という2文字を連想させるものだった。しかしだからといって、素直に受け取る人ばかりではなかった。特に、長年プロレスを取材しているカメラマンや記者、昔から武藤を見続けてきたファン、そして選手たちは「まあ引退ではないのだろうけど」という前提でいた。「武藤敬司は永遠のプロレスラー」という不思議なイメージが共有されていた。
しかし、今回ばかりはどうにもならなかった。