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「引退する姿が想像できない」武藤敬司が見せた“永遠のプロレスラー”という甘美な幻想…「ゴールのないマラソン」発言の真意とは?
posted2022/06/22 11:03
text by
原壮史Masashi Hara
photograph by
Masashi Hara
「武藤の挨拶ってどのタイミングでやるか知ってる?」
「いや、知らないです。リングで話すんですよね?」
「そりゃそうでしょ。なんだろうね? まあ引退ではないんだろうけど」
「なんでしょうね? 引退ではないんでしょうけど」
大会開始前、記者席で大先輩のカメラマンとそんな会話を交わしたばかりだった。
6月12日、さいたまスーパーアリーナで行われたサイバーファイトフェスティバル。『HOLD OUT』が鳴り響き武藤敬司が姿を見せたのは、セミファイナルの前だった。
NOAHのジャージを着た武藤は元気そうだった。花道では途中で駆け出す素振りを見せ、リングイン後は試合開始直後のように勢いよくロープに飛んだ。
ところが、マイクを手にすると、会場のファンへの挨拶に続き、こう発した。
「かつて『プロレスとはゴールのないマラソン』と言った自分ですが、ゴールすることに決めました。来年の春までには引退します」
「引退が想像できない」武藤敬司というプロレスラー
武藤敬司というプロレスラーは、引退する、ということが想像できない選手の代表のような存在だった。出会うもの全てに「プロレスにつながる何か」を見出そうとする“天才”は、50歳を超えてからも、懐かしい面々が集う『PRO-WRESTLING MASTERS』というリングをプロデュースしたり(第1回は2017年2月)、「膝さえ治ればまだまだ何年もやっていく自信がある」と両膝を人工関節にしたり(2018年3月)と、「引退」の文字からかけ離れた位置に自身を置いていた。人工関節の手術を受けることを決めたのは「(術後も)プロレスをやっていい」と言ってくれる医師に巡り合えたからだった。日常生活を送るだけ、という制約付きの話ならば何度もあったが、それらは見送ってきた。
人工関節となった両膝は、手術前よりもはるかに調子が良かった。WRESTLE-1が2020年4月1日をもって活動休止となりフリーとなった武藤は、2021年2月12日、日本武道館でNOAHの至宝であるGHCヘビー級王座を58歳にして獲得すると、直後に入団。新日本、全日本、NOAHの所謂メジャー3団体のシングル王座グランドスラムを達成しただけでなく、その全てに所属した選手となった。