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オシム・ジェフの本質は「考えて走る」にあらず!? 20年前に展開していた“未来のサッカー”とは《オシムに学んだ4人の証言》
text by
細江克弥Katsuya Hosoe
photograph byKyoji Imai
posted2022/06/16 17:01
日本サッカーに多くをもたらしたイビチャ・オシム。ジェフ時代の教え子たちが当時を振り返った
同じ指導者の立場から、江尻はオシムの先見性についてこう説明した。
「選手の走力が上がり、やがてマンツーマンが主流となることをオシムさんは予言していました。攻撃面のアグレッシブさや相手にとってイヤなポジションを取り続けるスタイルもそう。まさに今、リバプールやマンチェスター・シティがやっているようなサッカーを20年前からやっていたんですよね」
いや、オシムの頭の中にあったサッカーは、20年後の今、世界のトップレベルで繰り広げられているそれよりはるかに先を行っている。僕はそう思った。
“2022年のレアル・マドリー”という例外こそあれ、時代は戦術的フットボールの全盛期だ。ユルゲン・クロップやペップ・グアルディオラはもちろん、世界中の指導者が選手たちの前で“説明書”を広げ、サッカーを明確に言語化し、それを頭の中に叩き込ませて戦術的オートメーションを実現している。
ところが、4人の話によると、オシムは選手たちに説明書を見せない。正解を提示しない。マンツーマンを採用する理由を説明したことは一度もないし、攻撃の概念や原理原則を説明したことも、再現性のある攻撃パターンを構築しようとしたことも一度もない。もちろん、ポジションごとの役割を設定したこともない。
巻の言葉がそれを裏付ける。
「正直に言うと、あまり深く考えてなかったんですよ。『なんで走るの?』なんて疑問を抱くことさえなかった。もちろん僕にとってプロになって最初の監督だったからということもあるけれど、特に僕の場合は、考えて走るというより、自分が『行ける!』と思うタイミングで走っていただけ」
つまり、“オシム・ジェフ”の本質は「考えて走る」にはない。むしろ、あまり考えなくても、相手にとってイヤなタイミングで、イヤなところに走れる。おそらくその状態が、完成形に近い。
誰も再現できない唯一無二のサッカー
本誌掲載の記事では、あの「理想形」と言われる浦和戦に至るまでのジェフの歩みについても4人に聞いた。
結論として伝えたいのは、イビチャ・オシムという指導者は文字どおり唯一無二の存在であるということだ。きっと誰も真似できない。きっと誰もあのサッカーを再現できない。
過去は過去。オシムがよく口にしたその言葉の意味を4人への取材から強く実感した今、むしろどこかすっきりとした気持ちでいる。