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「あの日、井上くんが控え室まで来てくれて…」“井上尚弥に敗れた王者”田口良一がいま明かす「引退まで、彼以上のボクサーはいなかった」 

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林壮一

林壮一Soichi Hayashi Sr.

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photograph bySankei Shimbun

posted2022/06/06 17:03

「あの日、井上くんが控え室まで来てくれて…」“井上尚弥に敗れた王者”田口良一がいま明かす「引退まで、彼以上のボクサーはいなかった」<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

2013年8月25日、日本ライトフライ級タイトルマッチ。田口は初防衛戦の相手に井上尚弥(当時20歳)を指名。写真は前日計量での2人

「(世界王者になっても)あまり喜べなかった」

 井上がWBCライトフライ級から一気に2階級上げて、WBO王者となった翌日、田口もアルベルト・ロッセルから2度のダウンを奪って判定勝ちし、世界王座に就く。スコアは117-109、116-110、116-111と明白な勝利だった。会場となった大田区総合体育館にやって来たファンが歓喜するなか、タイトルを獲得した田口本人は冴えない表情を浮かべて勝利者コールを受ける。

「あんまり喜べなかったんです。ダウンを奪いながらも仕留め切れなかった。ベルトを巻きながら『あぁ、井上くんなら絶対にKO勝ちしただろうな』って考えていました。

 そうそう、試合前、井上くんも控え室に激励に来てくれたんですよ。今考えれば、会場に来てくださったファン、テレビ観戦してくださった方々は不思議に思ったでしょうね。首を横に振るんじゃなく、悔しい気持ちを隠して喜べばよかったです。その後もずっと、世界タイトルマッチで戦う相手より井上くんの方が強いなという感覚でした」

 しかしながら、世界チャンピオンとなった田口は、いつしか井上ではなく、目の前の敵に集中するようになる。

「世界に挑戦した時は彼を意識していましたが、毎回そんなことばかり考えていても仕方ない。井上くんはとんでもないところに行ってしまったので、別次元の人だと考えました。もう遥か彼方にいるんだと。あまりにも離れ過ぎて、比較できないレベルに行ってしまったんですね。ライバルだと思うから、当初は意識していたでしょうが、大きく差が開いてしまった感がありました」

 当然のことながら、防衛を重ねるごとに田口は自分のボクシングに矜持を感じていく。井上は3階級を制し、国民的スターとなる。そんななかで井上は「自分が拳を交えたなかで、最強は田口さんだ」と繰り返した。

「周りが、『凄いねえ』と言ってくれて。負けたけれど井上くんと精一杯戦って良かったなと思っています。自分の糧になりましたよ。負けて成長できたとも思います。どんな相手でも彼程のレベルではないという、精神的な後ろ盾のようなものがありました。世界タイトルを獲って7度防衛、IBFとの統一戦にも勝って2冠達成なんて出来過ぎでしたよ。

 WBAタイトル6度目の防衛のロベルト・バレラ戦は、殺してやるくらいの気持ちになりました。バレラが試合前に僕を挑発して来たり、記念撮影の時に僕のベルトを掴もうとしたりと失礼な男でしたから。8ラウンドまでにスタミナを使い果たし、その後は気持ちで戦うって決めてリングに上がったんです。その結果、9回にKO出来たと思っています」

「世界王者になれたのは、井上戦があったからです」

 田口は折に触れて、井上と初めてスパーリングをした際の、殺気立っていた“モンスター”を思い出す。

【次ページ】 「世界王者になれたのは、井上戦があったからです」

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