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トレード危機の男が“落合博満から3奪三振”…元阪神・仲田幸司に聞く“9年目の覚醒”はなぜ?「藤浪晋太郎の気持ちがよくわかりますわ」
text by
岡野誠Makoto Okano
photograph byKichi Matsumoto
posted2022/04/21 11:00
「僕は、藤浪晋太郎の気持ちがよくわかりますわ」。元阪神・仲田幸司の半生に迫った
「嫌な空気は感じ取っていました。オールスター明けの後半戦から、いつも気安く会話していたコーチがあまり喋ってくれなくなったり、中村(勝広)監督に挨拶しても素っ気なかったりした。ひょっとしたら、クビちゃうかと思って。それでも一応、契約してくれたので、秋と春のキャンプで必死に新しいボールを覚えました。僕は真っ直ぐと縦のカーブしかなかった。あと、落ちないフォーク(笑)。実質的に2種類でしたから」
左腕の仲田は右打者に対し、内に入っていくボールしか持っていなかった。巨人の原辰徳、中日の落合博満、ヤクルトの広沢克己、池山隆寛など各チームの主力は、球種が少なくてコースも限定しやすい仲田をカモにしていた。
「横の変化球であるスライダーを覚えようとしました。これも右打者のインコースに入っていくから、外に抜けるスクリューにも取り組みました。それまでも習得しようと試みてはいたんですけど、危機感が格段に違いましたね」
自宅で寝転がった時も、握りを何度も変えながら天井に向かってボールを投げた。四六時中、野球に没頭して新球のマスターに励んだ。最大の弱点である制球難を克服するため、フォームも大幅に変えた。
「投げる時に捕手から一度、目を切るようにしたんです。初めは怖かったですよ。子供の時から『キャッチャーミットから目を離すな』と教えられてきたので、かなり勇気が要りました。でも、何かを変えないといけない。思い切って、制球力の高い中西(清起)さんのマネをしたら、体が開かなくなってコントロールが良くなった。それまでは期待を掛けられていたので、『俺はまだまだ大丈夫や。まだ先あるわ』と甘えていた部分もあった。91年のオフにはその気持ちが全て消えました」
プロ9年目の覚醒…「今年はイケるかもしれない」
危機感が吸収力を上昇させた。仲田の必死さと変革を感じ取った大石清コーチは未完の大器の可能性に賭けた。
「今だから言えますけど、92年の春季キャンプの時に『仲田と中込(伸)は何があっても絶対二軍に落とさない』と仰ってくれたんですよ。当時、投手起用は全て大石さんが任されていました。その言葉で『この人に自分を預けよう』と。遠征先でも毎朝10時半に、ホテルの駐車場でシャドーピッチングに付き合ってくれた。1年を通して毎日、自分の状態を見てくれた。そんな経験はなかったですし、意気に感じました」
成果は早速、オープン戦で現れた。