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「ゴロフキンに勝つかもしれない」村田諒太の激闘に“さいたまの夜の夢”を見た… 壮絶TKO負けも「最後まで口にしなかった言葉」とは
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2022/04/10 17:03
“日本ボクシング史上最大”と謳われたメガマッチで、ゲンナジー・ゴロフキンに9回TKOで敗れた村田諒太。しかし、試合後の会見での表情は晴れやかだった
「楽しんでいいんだと思って…」村田諒太の涙の理由
試合後のリング上、両雄は何度も握手と抱擁を交わし、互いの健闘をたたえ合った。ゴロフキンがトレードマークとも言えるガウンを村田に着せ、敗者の手を上げて観客の拍手にこたえた。
「あれはカザフスタンのチャパンという民族衣装。チャパンを最も尊敬する人に贈るという習慣があります。村田選手に敬意を表しました」
ゴロフキンは試合後、そう説明した。いつも紳士的に振る舞い、リングの外では万事に控えめなゴロフキンを村田は尊敬した。ボクシング人生の最終目標に掲げた。そんな村田の気持ちを知っているからこそ、ゴロフキンはコロナ禍による度重なるスケジュールの変更に応じ、実際に拳を交え、チャパンを村田にプレゼントした。
村田がロンドン五輪で日本人2人目となるボクシング競技での金メダルを獲得してから10年。その道のりは経済的に恵まれたものではあったが、居心地がいいかと言えば必ずしもそうではなかった。村田は多くのスポンサーを抱えて鳴り物入りでプロ入りしたときから、ビッグプロジェクトの神輿に乗った。世界チャンピオンになるのが“最低条件”という重荷を背負った。非現実的とも言える額のマネーが飛び交い、顔も知らない多くの人間が村田のために裏方で汗を流した。
ファイト後の記者会見で、村田が一度だけ声を詰まらせ、涙を流したシーンがあった。
「試合会場に向かうとき、いい意味で楽しんでこいと本田会長に言われて、そうだよなと思って。プロに来てぜんぜん楽しくなくて、勝たなきゃいけないし、なかなかプレッシャーがあったんですけど。最後に楽しんでこいよと言われたのがうれしくて。楽しんでいいんだと思って。ただちょっと(試合はきつくて)楽しくなかったですけどね。(それでも)ちょっと楽しい瞬間があったのかもしれないです」
最後にちょっとだけ楽しめたかもしれない。その言葉に、何だかこちらも救われたような気持ちになる。記者会見を終えた村田がメディアの大きな拍手を浴びながら会場をあとにした。この日、敗者の口から「悔しい」という言葉は最後まで出てこなかった。
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