ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
村田諒太に勝機は…? ゴロフキンと拳を交えた淵上誠と石田順裕の“証言”「計量時にこれはヤバイと」「石で殴られているかのよう」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byGetty Images
posted2022/04/07 11:02
石田順裕さんが「別格」と語るゲンナジー・ゴロフキン(右)とサウル“カネロ”アルバレス。2度目の対戦は判定2-0でカネロに軍配が上がったが、多くのファンや識者がジャッジに異論を唱えた
2回のどの場面だったか、右ストレートを食らって歯が折れた。ラウンドが終わったインターバルで、セコンドにマウスピースを外してもらうと、上の前歯が「ボロボロボロッ」と4本キャンバスに落ちた。淵上さんはダウンから2度立ち上がったが、結果は3回TKO負けだった。
強烈なパンチ以上に印象に残った「人間的な素晴らしさ」
歯をへし折るゴロフキンのおそるべき強打は確かに印象的だった。一方で、淵上さんの心により強く残ったのは、彼の人間としての深みだったというのは興味深い。
「最初にすごいと思ったのが計量のとき。フェイスオフが終わったあと、笑顔で私の手を両手で握ってきたんです。あ、ものすごく余裕があるなと。この人は絶対に強い。これはヤバイと初めて思いました」
試合後のホテルでのシーンも忘れられない。ロビーで打ちひしがれていると、同じホテルに泊まっていたゴロフキンが降りてきた。「僕も試合のあとは寝られないんだよ」と語りかけ、淵上さんと同じテーブルを囲んだ。ロビーに設置されたテレビが淵上さんの崩れゆくKOシーンを何度か映し出す。そのたびにゴロフキンは決まりが悪そうな表情を浮かべ、「ナイスファイトだったよ」と淵上さんに気遣った。最後は日本のスタッフ全員のコーヒー代を払って部屋に戻っていった。
「それまで私は負けを出血のせいにしていたんです。でも、試合後のゴロフキンの姿を見てそうじゃないと知りました。こういう人間的にも素晴らしい選手が世界チャンピオンになるんだと。試合後に彼の姿に触れて、初めて負けを心から受け入れました」
淵上さんはその後、ゴロフキンの試合を毎回チェックするようになった。すると対戦相手が顔面から血を流し、GGGがすかさずフィニッシュに持ち込んでいるではないか。淵上さんは再び自分が負けた理由を知った。カットは偶然ではなく、あれはゴロフキンの技術であり、すさまじいパンチの切れ味だったのだと――。