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32時間の難産、骨折も…元なでしこ岩清水梓(35)が明かす壮絶な“復帰”までの道のり「自分で産んだ子ですもん、一緒に入場したい」
text by
佐野美樹Miki Sano
photograph byMiki Sano
posted2022/03/17 11:04
長かった復帰までの道のりを振り返った岩清水梓(35歳)。母として、2歳になった息子を抱えてピッチに入場した
入場のアンセムが鳴り、スタッフから我が子を引き取ると、岩清水はピッチに足を踏み入れる。
「あぁ、ホントに抱っこできるんだ! 一緒に入場できるんだ! って、入る瞬間、思いました。ただちょっと想像と違ったというか……。私が思い描いていた抱っこの印象より、だいぶ大きかった(笑)」
それもそのはず、息子・聖悟くんは試合の2日前に満2歳を迎えたばかり。岩清水のイメージしていた抱っこのサイズよりも随分大きく、すでに走り回れるようになっていた。それは裏を返せば、彼女の妊娠・出産から戦線復帰までの苦労と努力にかかった時間の長さを表していた。
岩清水の妊娠がわかったのは2019年の夏頃だった。一報を受け、クラブにはおめでたい空気と共に衝撃が走ったと、強化部女子担当の竹中百合は振り返る。
「最初は衝撃でしたね。やっぱり岩清水は、本当に、本当に、主力でしたから。チームとしては、要のセンターバックを失うことになるわけなので、どうしたらいいのかっていう戸惑いも実際はありました」
出産後も現役選手を続ける意向を岩清水から伝えられると、クラブは対応に頭を悩ませたという。無理もない。「今まで前例がなかった」からだ。
「正直、どうしたらいいものかと。ただ、やっぱり決め手となったのは、彼女がここまでクラブのためにやってきたことでした。岩清水がこれまでクラブやチームのためにしてきてくれた貢献は計り知れない。ここは報いるところだよね、と。なにせ、みんな初めてのこと。わからないことだらけでしたが、全力で彼女をサポートしよう、せっかくだから今回をロールモデルにしよう、と決意した感じでした」
クラブ、協会にとっても初めての経験
中学1年生の時にクラブの育成組織に加入してから現在まで約23年、岩清水はベレーザ一筋でひた走ってきた。ワールドカップ制覇、ロンドン五輪の銀メダル――数多くの国際大会で結果を残し、日本女子屈指のセンターバックとして活躍した彼女がクラブにもたらしてきたものはあまりにも大きかった。
竹中は早々に日本サッカー協会に連絡し、サポートを要請した。女子の代表として活躍した選手が、妊娠出産を経ても現役を続けることは、きっとこの先の大きな指針になるはずだ。協会側も快諾。協会からJISS(国立スポーツ科学センター)のドクターにも話は届き、ここからクラブと協会が一体となった岩清水の出産復帰プログラムが始まった。
産後になるべく早くアスリートの体へ戻すことを目標に、妊娠中からトレーニングは実施された。週に1~2回は、岩清水のために専門家に学んだ女性トレーナーが協会から訪れ、状態をチェック。その都度、適切なトレーニングを施したが、みんながみんな手探りだった。クラブも協会も初めての経験。出産経験のある他競技のアスリートの事例などを参考に、情報をできるだけ集めてサポートが行われた。この過程を選手一人が判断、実践していくとすれば、知識も工程もさらに手探りになる。周囲のサポートは必須で、トレーナーたちは今後のためにフィードバックを怠らなかった。
また出産前という女性特有のデリケートなトレーニングには、やはり女性のトレーナーの存在が欠かせなかった。そうした課題も浮き彫りになり、ベレーザはのちに男性だけではなく女性トレーナーの採用を決め、現在も活躍中だという。
岩清水の挑戦は、もう自分だけのものではなかった。妊婦アスリートを取り巻く環境が大きく動き出していた。