なでしこジャパンPRESSBACK NUMBER
32時間の難産、骨折も…元なでしこ岩清水梓(35)が明かす壮絶な“復帰”までの道のり「自分で産んだ子ですもん、一緒に入場したい」
posted2022/03/17 11:04
text by
佐野美樹Miki Sano
photograph by
Miki Sano
どれだけ、この日を待ち望んだことだっただろうか。
試合を終えた岩清水梓は、ユニフォーム姿のまま、サポーターの待つスタンドに向かった。傍らには右手に電車のおもちゃをしっかりと握りしめ、不思議そうな顔で見上げる愛息がいた。小さな左手を優しく握った岩清水は、マイクに向って照れ臭そうに思いを口にした。
「やっと夢が叶いました。皆さんにお披露目できて、本当に嬉しいです」
母親になってなお試合に出場する。女性アスリートにとって、それがどれだけ困難で過酷な道のりなのか。日本女子サッカー界では過去に1人しか存在しないケースというだけで、想像に難くはないだろう。そんな幻想や夢物語とも思えるような扉を、岩清水はこじ開けた。
「自分で産んだ子ですもん、一緒に入場したいですよね」
3月5日、WEリーグが再開した味の素フィールド西が丘では日テレ・東京ヴェルディベレーザがAC長野パルセイロ・レディースを迎える一戦が行われた。昨年9月に開幕した日本初の女子プロサッカーリーグは、Jリーグとは異なり秋春制を採用しているため、12月から約3カ月のウインターブレイクを経て再開した。
練習で手応えを感じていた岩清水は、リスタートとなるその試合にスタメン出場できるかもしれないと、1週間前からソワソワしていたという。
「もしかしたら……って思うと、なんだか少し落ち着かなかったですね。本当に出られるかな? できるのかな? って」
妊娠がわかってから、ずっと思い描いていた夢があった。それは自ら産んだ我が子を抱いて、ピッチに入場することだった。
「男子の選手はよく自分の子どもを連れて入場していますよね。見慣れた光景だけど、それが女子の試合になると当たり前じゃない。むしろ結婚や妊娠と同時に選手を続けるかを迫られ、引退していく選手が多かった。でも、アメリカの女子選手たちが男子選手と同じように、それを当たり前にしている姿を見て、日本でもできないのかなと思っていたんです。だから、出来るなら私もチャレンジしたいなって。だって、自分で産んだ子ですもん、一緒に入場したいですよね」
夢見ていた瞬間が、間もなくやってくる。胸が高鳴るのも当然だった。
ただ、その夢を叶えるためにはいくつかのハードルがあった。まずはホームゲームであること。その試合でスタメンに選ばれること。最後は、試合当日の抗原検査で母子ともに陰性であること。検査結果も含め、すべての舞台が整ったのは試合直前だった。