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「あの瞬間、ベイダーはモンスターになったんだ」猪木を3分で倒した“最強外国人レスラー”衝撃デビューの真相《WWE殿堂入り》
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph byAFLO
posted2022/03/12 11:01
1987年、TPGの刺客として登場し、アントニオ猪木から3分足らずでピンフォール勝ちを収めたビッグバン・ベイダー
「マサはルーキー時代から私の力を買ってくれていたんだよ。80年代半ば、AWAでレスリングキャリアをスタートさせた時、マサも同じリングに上がっていて、『お前は日本でやったら面白そうだな。近いうちに紹介してやるよ。お前ならきっと稼げるぞ』と言ってくれたんだ。ところがしばらくしたら、マサはケン・パテラが起こした警察とのトラブルに巻き込まれて収監されてしまった。
そしてマサが服役している時、私はヨーロッパに主戦場を移したんだが、1年半後、刑務所から出てきたマサは、日本に送るためにわざわざ私のことを探してくれたんだ。マサはすでにミスター・イノキ(アントニオ猪木)に『アメリカにこういうヤツがいましたよ』と報告していたのに、私がヨーロッパに行ってしまったから、どこに行ったのかわからなかったのさ。それでいろんなところに連絡して、ようやくヨーロッパにいることを突き止めて、ハットリ(タイガー服部)を私のもとに送ってくれたのさ。ここから私のレスラー人生は開けていった。マサは恩人なんだよ」
猪木に完全勝利…ベイダー超破格のデビュー戦の真相
こうしてレオン・ホワイトは新日本でビッグバン・ベイダーに変身。デビューの舞台は1987年12月27日両国国技館、テレビ朝日でゴールデンタイムの特番が組まれたビッグマッチ。ここでベイダーは、TPGの刺客としてビートたけし&たけし軍団とともに現れ、永井豪デザインのスモークが吹き出す甲冑姿でリングイン。いきなりメインイベントで、アントニオ猪木からわずか3分足らずで完全なピンフォール勝ちを奪うという超破格のデビューを飾った。
しかし当時の硬派なプロレスファンは、ビートたけし&たけし軍団というお笑い芸人のプロレス参入を拒絶。また猪木vsベイダーは、当初メインに予定されていた猪木vs長州力を当日になって強引に変更して実現させながら、見せ場の少ない秒殺決着となったためメイン終了後に観客の怒りが爆発。リングにモノが投げ込まれ、国技館の備品が破壊される暴動騒ぎに発展してしまった。
ベイダーにとっては最高のお膳立てをしてもらいながら、結果的に最悪の結末になってしまったわけだが、当の本人は新日本の“黒歴史”とも言うべきあの事件も前向きに捉えていた。
「あの日は結果的に暴動が起こってしまったが、私の初登場としてはインパクトがあってうまくいったと思うんだ。私は新日本初登場の試合で、日本の英雄であるイノキをたった2分で倒した。その瞬間、ビッグバン・ベイダーはこれまでにあり得なかったモンスターになったんだよ。一方で、それまでスターであったイノキは、たった2分で負けたことによって、なんとかこのベイダーという怪物にやり返し、自分の力を証明しなくてはならなくなった。
さらにイノキの敵討ちのために、弟子のフジナミ(藤波辰爾)、ハシモト(橋本真也)、ムタ(武藤敬司)、チョーノ(蝶野正洋)らが私に向かってくるという長いストーリーができた。だから、あの一晩だけで考えてはいけないんだ。確かに、最初の私とイノキの試合はファンを怒らせたかもしれないが、それがあったからこそ、のちに怪物ベイダーを日本人が倒すというストーリーにつながった。そういう意味で、あの晩というのはイノキが作り上げた、とても考え抜かれたショーだったと思っているよ」