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高梨沙羅いわく小林陵侑は「天才。私と真逆」 LINEで祝福とスタンプ、涙の失格とハグ…“25歳同い年”の優しくて美しい関係性
text by
長谷部良太Ryota Hasebe
photograph byJIJI PRESS
posted2022/02/16 17:00
2021年10月、UHB杯で優勝を飾って笑顔を見せた小林陵侑と高梨沙羅。ともに日本を引っ張るジャンパーとしてリスペクトしあっている
「日本は(ジャンプ競技が)盛んではない。サッカー界のネイマール、野球界の大谷翔平選手、F1界のルイス・ハミルトン的な存在になるのは、僕の人生を通しての目標」
かつて、そう語ったことがある。ジャンプ週間で初めて総合優勝した2019年1月頃は1万5000人ほどだったインスタグラムのフォロワーは、現在14万人を超えた。少しずつかもしれないが、理想像に向かって着実に前進しているようだ。
涙の高梨が見せたK点超えの大ジャンプの後に
小林が輝かしい成績で日本に明るいニュースを届けた一方、多くのテレビ観戦者の記憶に残ったのは、やはり2月7日の混合団体で女子の失格者が5人も続出した騒動だろう。エース高梨沙羅はスーツの太もも周りが規定より大きいことを理由に、1本目のジャンプ後に失格となった。
「日本チームみんなのメダルのチャンスを奪ってしまった」
後日、インスタグラムにそう記した高梨は、失格を告げられた直後、小さな体をさらに小さく縮こまらせて泣いた。それでも、2本目は何とか集中を取り戻し、K点を大きく上回る98.5メートルのジャンプを飛んでみせたのは見事だった。混合団体4位にとどまった競技後、日本の4番手で出場していた小林はうなだれる高梨を慰め、その肩を優しく引き寄せた。
LINEでお祝いすると、うれしそうなスタンプが
2人は同じ1996年生まれ。誕生日は小林が11月8日、高梨は10月8日と1カ月しか変わらない同級生だ。脚光を浴びたのは高梨の方がだいぶ早かった。15歳だった2012年3月に、史上最年少でW杯優勝。一時は世界でも「敵なし」で、W杯通算勝利数は女子で断トツの61勝を挙げている。
小林が注目を集め始めた2018~19年シーズンの頃から、互いの印象を問われることが増え始めた。ライバルの台頭もあり、W杯でなかなか勝てなくなっていた当時の高梨の目には、同級生の勢いがまぶしく映っているようだった。2018年11月、小林がW杯初勝利を挙げた時にはこう話していた。
「陵侑くんみたいなジャンプをするのは難しいけど、パワーをもらいます」
それから間もなく、小林は年末年始のジャンプ週間で4戦全勝の完全優勝を果たした。この時、高梨はLINEでお祝いのメッセージを送ったそうだ。返信はシンプルだった。
「(返ってきたのは)すごくうれしそうなスタンプでした。いっぱい連絡が来るのは分かっているので、『返信しなくていいよ』と送りました」
家族からのメッセージにさえあまり返信をしないという小林の性格を分かっているようで、気遣いの言葉を添えていた。