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格闘技PRESSBACK NUMBER
「万全の状態ならヒョードルにも…」“千の技を持つ男”ノゲイラはカメラマンの質問にどう答えた? 豪快な「すっぽかし」エピソードも
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph bySusumu Nagao
posted2022/02/03 11:02
2004年の大晦日、PRIDEヘビー級の頂点を決めるエメリヤーエンコ・ヒョードルとの3度目の対戦は当時の“人類最強決定戦”だった
UFCで戴冠も「全盛期の動きではない…」
2007年、ノゲイラはUFCへ移籍。プロデビューから7年間の戦績は、35戦29勝4敗(1引き分け1ノーコンテスト)という驚異的なものだった。しかしこの時点で、選手としてのピークは過ぎているという厳しい見方をする関係者も多かった。短いスパンで試合を重ねたことによる、怪我とダメージの蓄積。また2005年までPRIDEではヒョードル以外に負けたことはなかったのだが、得意とする寝技を研究され、移籍する前年にはジョシュ・バーネットとのグラウンド対決で敗れていた。
彼はUFCでのデビュー戦を判定で勝利。さらに次戦のヘビー級暫定王座決定戦では一本勝ちをおさめ、PRIDEに続いてUFCのベルトもその腰に巻いた。一見すると移籍時の評価を覆したようにも思えるのだが、全盛期のノゲイラを知る者としては、試合の内容は納得できるものではなかった。
そして2008年12月、私は現実を直視することになった。この試合はフランク・ミアとの暫定タイトルマッチだったのだが、彼の動きは悪く、相手のスピードについていけない。ほぼ一方的な展開の末、2ラウンドにダウンを奪われ、パウンドの追撃を受けるとレフェリーが試合を止めた。
その後のノゲイラは、膝と腰の手術などを受けながらも試合を続けていた。だが、トップクラスの選手には勝てず、得意の寝技でも一本負けするようになってしまった。千の技を持つと称された柔術マジシャンも、そろそろ限界なのか。「引退」という言葉が私の脳裏をよぎった。
アブダビで迎えた「最悪の日」
2014年4月11日、アラブ首長国連邦の首都アブダビで行われた試合に、私は足を運んだ。対戦相手のロイ・ネルソンはUFCのヘビー級では中堅クラスの選手。悪い言い方をすれば、この選手に勝てないようであれば、ノゲイラは引退するだろうと推測した。先述したように、彼との付き合いは古い。もしこれが最後の試合になるのなら、私は現地に行くべきだと考えたのだ。
砂漠の真ん中に建てられたduアリーナは屋外の会場だった。昼間の暑さは夜風とともに消え去り、ノゲイラが登場するメインイベントのときは、日本の秋のような心地よさだった。