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格闘技PRESSBACK NUMBER
「万全の状態ならヒョードルにも…」“千の技を持つ男”ノゲイラはカメラマンの質問にどう答えた? 豪快な「すっぽかし」エピソードも
posted2022/02/03 11:02
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph by
Susumu Nagao
私がアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラの人柄をより深く理解することになったのは、2004年8月15日のことだった。PRIDEは同年4月から16名によるヘビー級トーナメントをスタート。当時の“人類最強”を決めるグランプリの決勝戦で、ノゲイラはかつてタイトルを奪われた“60億分の1の男”エメリヤーエンコ・ヒョードルとの2回目の対戦を迎えた。
しかし1ラウンド3分52秒、偶発的なバッティングによってヒョードルの額が深々と切れてしまう。長い中断の後、主催者はノーコンテストと発表した。繰り返すが、これはヘビー級最強を決めるトーナメントの決勝戦であり、多額の賞金と名誉が懸かった試合だった。並の選手なら試合を続行できない相手が敗者で、自分が勝者であると主張するところである。しかしノゲイラは不服を申し立てることなく、平然とノーコンテストという裁定を受け止めていた。
双子の弟がまさかの“替え玉入場”
同年の大晦日にヒョードルとの再戦が組まれたが、ノゲイラは判定で敗れた。この日は昼過ぎから大雪が降り、東京近郊の交通網に大きな影響が出た。高速道路も止まり、辛うじて動いている電車を何度も乗り継いでノゲイラが会場入りしたのは、試合開始の15分前のことだった。入場式には、先に会場入りしていた双子の弟・ホジェリオが代役として登場。彼らは一卵性双生児で、体型もほぼ同じ。誰も“入れ替わり”を疑うものはいなかった。
2013年、ブラジルで写真集を出版した私は現地でのサイン会に呼ばれ、ノゲイラも駆けつけてくれた。そのときに大晦日のことを聞いてみた。もし万全の状態だったら、あのヒョードルに勝てたのかと……。
「そんなことは分からないさ。神のみぞ知ることだよ。それよりもあのとき、弟が俺の代わりに入場式に出たなんて、誰も思わなかっただろ。俺も会場でその様子を見たかったくらいだよ。ハハハハハ」
と、豪快に笑い飛ばすノゲイラ。ノーコンテストになった試合では彼の高潔さを目の当たりにし、この日はその豪放磊落ぶりをたっぷりと知ることになった。
彼はどんなときも笑顔を絶やさず、ポジティブに生きている。ブラジルでは「Minotauro Fights」を主催し、アマチュアや後進の育成も行っている。いまでも世界中で彼の人気が高いのは、格闘家としての強さだけではなく、その魅力的な人間性ゆえだと私は思う。