ちょっと質問の方向性を変えてみる。

　自分にとって模範となるような、あるいは理想としていた人物や選手もいなかったんですか？

「これはラグビーじゃないんですけど、野球をやっていた時は、巨人時代の松井秀喜さんに憧れていました」

　松井秀喜の名前が突然出てきて、少々面食らった。

「プレーもそうなんですけど、1番憧れていたのは彼の人間性。あの人はホームランを打っても、別に何事もなかったかのようにダイヤモンドを1周するんです。大はしゃぎしない、そこに品格を感じました。むちゃくちゃかっこいいなって」

　それって中学生の時ですか？

「いや、小学生です。あの時僕、55番のTシャツ着てましたから。1回だけですけど、新潟から巨人の試合を見に東京ドームへ行きました。でも僕の目の前でホームラン打ったのは清水（隆行）選手で、しかも試合はヤクルトに1－11で負けちゃうし。ボロ負けでバカ腹立ちましたね」

　笑わない男の原点って、実は松井秀喜だったんですか？

「まあ、そういう人間になりたいなって思っていたのは間違いないですね。何かを成し遂げても、淡々と振る舞う。ひとつの美学みたいなものを感じます」

稲垣少年の心を掴んだ松井秀喜　©︎Naoya Sanuki

小学生からの質問「自分で考えてください」

　稲垣さんのような立場に立つと、メンタル的に追い込まれている人が相談を持ち掛けるケースってないですか？

「少しはありますかね。結構とっつきにくいらしく、相談しづらいみたいですけど」

　気軽に相談しやすそうには見えませんね。

「答えを求めてくる人に対してシャットアウトはしません。でも、悩んでる人が僕に相談しに来る段階って、実はもう本人の中で答えは決まっていて、あとは背中を押してほしいだけ。こうじゃないの？　この言葉が欲しかったんでしょ？　みたいな。そしたらみんな、『うん』って言います」

　これだけ知名度が上がると、小学生対象のラグビースクールにゲストとして呼ばれることもあると思いますが、その時「どうしたら稲垣選手みたいになれますか？」なんて質問が出たら、どう答えるんですか？

©︎Shigeki Yamamoto

「自分で考えてください、ですね。元気よく『はい！』って返事もしてくれました。あと最近は、コロナのせいでラグビーの試合がなくなって、モチベーションをどう保ってますか？　という質問が多いですね」

　確かにコロナ騒動の中、多くのアスリートにとってそれは切実な問題ですよね。

「僕も最初の頃はこの状況でモチベーションを保つのはなかなか難しいなって思っていたんです。試合がなくなると、ここに向けてという目標を立てづらくなりますから。でも1、2週間経ったあたりで、冷静に考えたら、モチベーションとかそもそも関係ないだろ、って気づいたんです」

　モチベーションは関係ない？

「だって、自分が今やるべきことは、自分の目的を果たすためにトレーニングすることだけじゃないですか。じゃあ自分の目的ってなんだと問われれば、それは自分のメッセージを伝えるためにラグビーで結果を残すこと、なんです。だから、モチベーションもクソもなくて、ただその時が来るまでにちゃんと準備しておくだけなんだと。そこに気づいてから週5回のトレーニングを始めて、今週で14週目、体はどんどんいい感じに仕上がってますね」

　むしろコロナのおかげで、アスリートとしてはさらに上り調子だと？

「いや、コロナのおかげとか関係なく、もともと僕は1度も下がったことがないので」

　失礼しました。

　ところで今、メッセージを伝えるためっておっしゃいましたけど、稲垣さんの伝えたいことはどういうものなんでしょうか？

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