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格闘技PRESSBACK NUMBER
最強のプロレスラー・桜庭和志はなぜ試合中に微笑んだのか…「格闘技史に残る一枚」のカメラマンが語る“グレイシー狩り”の衝撃
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph bySusumu Nagao
posted2021/12/04 17:02
ホイス・グレイシーと死闘を繰り広げながら、なぜか「ニヤリ」と微笑んだ桜庭和志。飄々としてとらえどころのない強者の余裕が漂っていた
例えば故・志村けんさんの「アイーン」。桜庭はこのポーズから相手にチョップを打ちつける技を「アイーンチョップ」と名づけて試合で使用した。漫画『ゲームセンターあらし』に登場する主人公の必殺技「炎のコマ」からインスピレーションを得た技もある。仰向けに倒れた相手の両足を脇に抱えながら回転することにより、摩擦で背中にダメージを与える桜庭流の「炎のコマ」。さらに相手を開脚させてその上に乗っかる「恥ずかし固め」など、真剣勝負の中にエンターテイメント的な要素を盛り込んだ。
また、桜庭は試合以外でも非常に「絵になる」選手だ。特に彼の入場シーンは試合と同様に、イベントの見せ場のひとつである。その時代の流行りや季節感などを取り入れたテーマがあり、毎回違うコスプレで入場して観客を魅了した。
レイザーラモンHGの「フォー!」が大流行したときには、彼のコスプレで同じポーズを披露。入学シーズンには、ランドセルを背負った小学1年生の姿に。普通の選手なら、試合直前は緊張で余裕がないのだが、彼は入場さえも楽しんでいるように見えた。いつの間にか我々は、桜庭ワールドに引き込まれていた。
判定ミスでまさかの再試合…桜庭は笑顔で入場した
桜庭が注目されるようになったのは、UFCが日本で初開催された1997年12月のことだ。無差別級の4人によるワンデイトーナメントが行われ、カーウソン・グレイシー柔術の黒帯であるマーカス・コナンと対戦。コナンのパンチが桜庭の顔面に数発ヒットし、桜庭がコナンの下半身へタックルしたところで、レフェリーが試合を止めた。レフェリーストップによる桜庭のTKO負けという裁定だったが、私から見てもこのストップは早すぎた。
場内の観客からはブーイングが起き、桜庭もマイクで「延長戦だ」と発言して、マットの中央に座り込んだ。誰もがこの裁定に納得していないのだ。30分以上を経過しても桜庭は動こうとしない。次の試合を行うことができずに、イベントの進行が完全に滞っている。私はUFCのオフィシャルカメラマンだったが、「この興行はどうなるのだろうか」と行き場のない焦りと不安を抱いていたことを鮮明に覚えている。
判定が主催者預かりになると、桜庭は控室へ戻ることに同意して、オクタゴン(UFCの試合が行われる八角形の金網のリング)を後にした。桜庭の試合の前には、トーナメントの別ブロックが行われており、勝者のタンク・アボットは拳の怪我で決勝を棄権。敗れた安生洋二もダメージが大きく、試合をできないという。桜庭とコナンの再試合を決勝戦として行うことが決まった。前代未聞の出来事ではあるが、この決定を観客は大声援で支持した。