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格闘技PRESSBACK NUMBER
最強のプロレスラー・桜庭和志はなぜ試合中に微笑んだのか…「格闘技史に残る一枚」のカメラマンが語る“グレイシー狩り”の衝撃
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph bySusumu Nagao
posted2021/12/04 17:02
ホイス・グレイシーと死闘を繰り広げながら、なぜか「ニヤリ」と微笑んだ桜庭和志。飄々としてとらえどころのない強者の余裕が漂っていた
迎えた決勝戦の入場シーンを見て、腰を抜かした。桜庭はセコンドと笑顔で入場しているではないか! 一度戦って相手の力量が分かった上での、余裕の笑みなのか。ともかく私は笑顔で入場する選手を初めて見た。再試合はグラウンド主体の攻防になり、4分弱で桜庭が腕ひしぎ十字固めであっけなく勝利。その瞬間、私は撮影しながら「えええ……」とうなってしまった。
当時はフイルムでの撮影だったので、1試合で撮影できる枚数は決まっている。細かく言うと、一度に36枚しか撮れないカメラを2~3台持ち込んで撮影するのだが、36枚を撮り終えたらフイルムを交換しなければならない。試合中に交換する余裕はないので、シャッターを切れる回数は限られている。だから試合中は集中して、決定的瞬間を狙って撮るのだ。私はふたりの動きにピントは合わせていたものの、まさかこれで決まるとは思わなかった。コナンがギブアップした瞬間にシャッターを切ったが、「グレイシー柔術の黒帯が、こんなにあっさりとタップするなよ」と心の中でつぶやいた。
「プロレスラーは本当は強いんです」
試合後に桜庭は「プロレスラーは本当は強いんです」という名言を残し、混沌としたイベントを締めくくった。これ以降、桜庭のマイクパフォーマンスは注目されるようになった。勝敗に関わらず、リング上で何らかのコメントを出すことが彼の試合の一部となり、桜庭はファンだけではなく、関係者からも一目置かれる存在になった。
何はともあれ初開催のUFC日本大会も無事に終了した。試合後のパーティーで、UFCのCEOであるボブ・メイロウィッツに話しかけられた。
「サク(桜庭)には参った。オクタゴンに居座る選手は初めてだよ。このイベントは一体どうなるのだろうと私は頭を抱えたからね。結果的にはサクが優勝して、最高の日本大会になったので良かったけど」
私はボブに、決勝を棄権したタンク・アボットの怪我について尋ねた。彼は私の質問には答えず、パーティーに参加しているタンクを一瞥してから、笑いながらウインクするだけ。それはまるで「野暮なことは聞いてくれるな」とでも言わんばかりだった。
桜庭の格闘技のベースは、高校生のときに始めたアマチュアレスリングだ。中央大学レスリング部では主将を務めたが、大学4年で中退してUWFインターナショナルへ入団。同団体が解散すると、所属選手のほとんどのメンバーと共に新団体キングダムへ。その後、高田延彦主宰の高田道場へ移籍し、MMAに専念するようになった。当時のPRIDEはほとんどの試合が無差別級。桜庭は自分よりも大きな相手と試合することが多かった。