ラストマッチBACK NUMBER
<現役最終戦に秘めた思い(22)>新井千鶴「最後の覚悟でつかんだ金メダル」
posted2021/12/01 07:01
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
KYODO
初の五輪にして柔道女子70kg級金メダルを獲得。後世に語り継がれる名勝負となった準決勝、対峙したのは、5月に敗れた難敵だった――。
2021.7.31
東京五輪 男女混合団体 決勝
第1試合 女子70kg級
vs.クラリス・アグベニュー(フランス)
成績
合わせ技一本負け
◇
新井千鶴は悪い予感に襲われていた。それは今まで何度も味わったことのある敗北の感覚だった。
東京オリンピック柔道女子70kg級、準決勝はゴールデンスコアの延長戦に入っていた。新井の相手はロシアの新鋭タイマゾワだった。10分過ぎ、「待て」の合図がかかると、彼女は長い髪の毛を結い直しはじめた。もう試合が始まってから3度目のことだった。なかなか開始線に戻ろうとしない。荒い呼吸を整えるのが目的であるのは明らかだった。
《駆け引きをしながら自分のペースにしていくのが彼女の特徴なんです。五輪前の5月に対戦したときも、だんだんと彼女のペースに引き込まれて、感情的になって仕掛けたところを投げられて、私は負けていました》
終始攻めていたのは新井だった。開始から11分、腕がらみを決めると、審判が手を上げて「一本」を宣告した。ところが、タイマゾワが「私はギブアップしていない」と抗議すると、協議の末に判定が取り消された。寝技に持ち込んでも、抑え込んだと思った瞬間にかわされる展開が続いた。自分が握っているはずの勝機がするりとこぼれ落ちていってしまいそうな気配が漂っていた。