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【祝85歳】全ドイツ人に愛されるウーベ・ゼーラーというレジェンド ベッケンバウアーが「ローマ法王の次に完璧」と絶賛するその優れた人間性とは?
text by
中野吉之伴Kichinosuke Nakano
photograph byGetty Images
posted2021/12/03 17:01
西ドイツ代表、ハンブルガーSVで活躍したウーベ・ゼーラー。ピッチ外での振る舞いも多くの人たちに影響を与えている
西ドイツは準決勝で、のちに「100年に一度の熱戦」と称賛されたイタリアとの激戦の末に惜敗した。このイタリア戦で2得点を奪ったのはミュラーだが、アシストはどちらもゼーラーだった。
インテルからの誘いを断りハンブルガーSV一筋でプレー
こんなエピソードもある。
1965-66シーズンのブンデスリーガ。ハンブルガーSVはタスマニア・ベルリンとの一戦に5-1で勝利した。しかし、ゼーラーはチームメイトのチャーリー・デルフェルが相手選手の股を抜くプレーをしたことを受け入れることができなかった。
「20得点決めてもいい。だがチャーリー、相手をばかにするプレーをしてはいけない!」
ハンブルガーSVに忠誠を誓い、愛し続けたことでも有名だ。
60年代初頭、当時にしては破格のオファーがイタリアのインテルから舞い込んだ。だが、ゼーラーは熟考を重ねた末に残留を決意。そして、その後は引退するまでハンブルガーSV一筋でプレーし続けた。
476試合で404得点!
現代サッカーでは、ひとつのクラブへ留まることが難しくなっている。もちろん、移籍を繰り返してステップアップすることが悪いわけではない。誰にでも自分なりのキャリアプランがあるだろう。
とはいえサッカーにおける、いや、スポーツにおける何よりの素晴らしさのひとつに、地域、クラブ、ファン、選手との確かなアイデンティティが生み出す一体感がある。
「大きな決断を僕がして、小さな決断は妻がする」
ゼーラーは夫婦関係も素晴らしい。ドイツメディアに対して、こう語っている。
「大きな決断を僕がして、小さな決断は妻がする。そして何が大きな決断で、何が小さな決断かは、妻が決めてくれるんだ」
厳しいプロ生活の支えとなったのがイルカ夫人だ。お互いをリスペクトしながらの結婚生活は、すでに62年目。3人の娘、7人の孫に恵まれ、現在も悠々自適に暮らしている。サッカー史に残るレジェントのゼーラーも、イルカ夫人の前では優しい夫である。
選手としても1人の人間としても様々な経験をして、成熟して、引退後も幸せに暮らす。誰もが、そんな人生が理想だと思うだろう。そのために何を大切にすべきか。ゼーラーが教えてくれている気がする。
ひと昔もふた昔も過去の話となると、若い人にはピンとこないかもしれない。それでも彼らの言霊、そして、彼らがピッチでもたらしてくれた熱狂は、今の時代にも間違いなく受け継がれている。そうした歴史を知ることも、サッカーの楽しみのひとつだろう。