山口は「あの場面を演出できたのはいい思い出ですね」と語る。

「明徳からしたら『バカヤロー！』って思ってるでしょう。でも、僕も負けず嫌いですからね。最後の打者にだけはなりたくなかった。それに最後、キャプテンまで回さなあかんと。松井のことは信頼してましたからね。松井の契約金上げたの、明徳か自分でしょ。でも僕もファンレターいっぱいきましたからね。あの三塁打は忘れられない、って。自分も結構得しましたよ」

　この第五打席目がなかったら……そう振り返る関係者は多い。あるいは普通の試合に過ぎなかったのではないかと。

「5つ目の敬遠」に対して投げ込まれるメガフォン

　九回表、2アウト三塁という場面で五たび、松井はバッターボックスに足を踏み入れる。そして、五たび、今までと同じように軽く足をあげてタイミングをとり、四つのボールを青木のキャッチャーミットまで見送った。

「歩かされるだろうなとは思ってましたけど、でも自分の中では常に準備はしていましたよ。それは、この打席だけではなく、すべての打席、すべてのボール、準備してました。少しでもストライクゾーンにきたら打ってやろうと」

　その中で、たとえば一度ぐらい、ボール球をわざと振るような、相手を挑発するようなポーズをとってやろうと思ったことはなかったのだろうか。

「それはまったくないですね」

　そんな冷静さを保ち続けた松井とは対照的に、五つ目の敬遠の直後、星稜応援団で埋まったレフトスタンドの一部がついに暴発した。怒号とともに、メガフォンやゴミがグラウンドに次々と投げ込まれ、試合が一時中断する。（中編につづく）

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