この四つ目の敬遠をきっかけに球場内に不穏な空気が漂い始める。そして、以降、星稜の打者がアウトになるたびに、敗色が濃くなるにつれ、その密度は高まっていった。

「『刺すぞ！』とか言いながら、金網をよじ登ってきたんです」

　明徳の一塁手だった岡村憲二は、守備を終えベンチに戻ったときのこんなシーンが忘れられない。

「ベンチの上で観てた変なおじさんが、『刺すぞ！』とか言いながら、金網をよじ登ってきたんです。馬淵さん、その観客に『なんじゃ、こりゃ！』って。『くるならこんかい！』ってやり返してましたからね。頼もしいというか、おもしろいでしょう、馬淵さんって」

明徳義塾の馬淵史郎監督 ©BUNGEISHUNJU

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　試合は大詰めに入る。九回表。得点は変わらず2−3のまま。星稜が一点を追っていた。打順は一番からだった。つまり、三人で終われば四番の松井まで回らない。

　だが、捕手の青木は三番の山口に「打たれる予感があった」と明かす。

「もう一回、松井とやらないといけないというか、雰囲気ですよ。この試合はそう簡単には終わらないだろうなと。野球の神様がまだ見たがっていたというか」

三番・山口哲治「松井の契約金上げたの、明徳か自分でしょ」

　星稜は、2アウト走者なしまで追い詰められた。だが、ここで「あまりの暑さにベンチではずっと扇風機にあたっていた」と話すエースで三番の山口が最後の意地を見せる。

　青木がそのシーンを思い浮かべる。

「レフトオーバーで三塁までいったとき、ベース上で、山口が『うおおおおおー！』って吠えていたでしょう。それで、五万人の観衆も『うおおおおおー！』ってなって。スタンドが揺れるという感じがよくわかりましたね」

　三塁側のアルプススタンドで声をからしていた松井らと同級の丸井睦は、そのときの様子をこう語る。

「あのときは泣けてきましたね。周りの女の子もほとんど泣いてました。哲治（＝山口）は普段、あんまりああいう態度は見せないタイプじゃないですか。だから、なおさら」

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