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フランス・フットボール通信BACK NUMBER
「イタリアには背を向けられない」バロンドール候補のMFジョルジーニョが母国ブラジルでなくイタリア代表を選択したわけ
text by
フランス・フットボール誌France Football
photograph byL’Équipe
posted2021/11/28 17:02
『フランス・フットボール』誌のインタビューに対し、ジョルジーニョは少年時代の逸話から世界有数のボランチになるまでの経緯を詳細に語った
ベニテスの後にマウリツィオ・サッリが、僕と同じポジションでお気に入りのミルコ・バルディフィオーリを従えてナポリにやって来た。僕は移籍を覚悟したが、サッリはチャンスを与えてくれたうえに、彼のシステムに僕は完璧にフィットした。僕らは素晴らしい3シーズンを過ごした。唯一の後悔は、最後のシーズン(2017~18年)にスクデットを獲得できなかったことだ(優勝のユベントスとは勝ち点差4の2位)。
僕のペナルティキック
あのPKを始めたのはナポリ時代だった。でもよく考えたわけじゃなかったし、あんなことをやろうとははじめは思ってもいなかった。ブラジル人DFのエンリケと、練習の後でちょっとしたものを賭けてよくPKを蹴りあっていた。最初は冗談のつもりで、踏み込む直前に大きくスキップした。するとそれがうまく決まり、成功率はなんと100%だった。ただ、エンリケはDFで本物のGKではなかったから、今度はGKを相手に試してもすべてうまくいった。
「こりゃ凄い。試合でもいけるぞ!」と思った。
チームメイトたちには、「お前はアホか。本番でそんなことができる勇気はないだろう」と言われたけれども、彼らは試合でも僕に蹴る機会を与えてくれた。結果はもちろん成功だった。こうしてあの蹴り方が世に出たわけだ。
僕の代表選択
2018年にブラジル代表のディレクターを務めるエドゥ・ガスパールから代表に呼ばれたとき、自分が指名されるとはまったく思っていなかった。もの凄く驚いた。ブラジル代表でプレーしたくない選手なんているわけないだろう。でも僕は、すべての可能性を検討してこんな結論に達した。
「ブラジル代表には加われない。イタリアに背を向けることはできない」と。
イタリアは僕に扉を開けて、プロ選手になるという夢を実現してくれた。すでに代表でも親善試合に出場(2016年3月24日、ウディネでのスペイン戦、89分に交代出場)していた。イタリアが僕を必要としていると、そのときひしひしと感じた。イタリアが僕に何を与えてくれたかをよくわかっているし、イタリア代表を選んで本当に良かったと思っている。