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“藤井聡太がマンガ・小説より面白い”という葛藤…『りゅうおうのおしごと!』原作者が感じる《現実将棋のドラゴンボール化》 

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白鳥士郎

白鳥士郎Shiro Shiratori

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photograph by日本将棋連盟

posted2021/11/13 11:02

“藤井聡太がマンガ・小説より面白い”という葛藤…『りゅうおうのおしごと!』原作者が感じる《現実将棋のドラゴンボール化》<Number Web> photograph by 日本将棋連盟

竜王戦第3局の藤井聡太三冠。その強さと物語性はマンガや小説を超越している

 私が憂慮するのは、作中で扱う棋譜についてである。棋譜とは野球やサッカーでいう試合展開、音楽でいう楽譜のようなものだ。

 藤井ブーム以前と藤井ブーム以後では、この棋譜の精度が格段に変わっている。将棋ソフトが棋士の指し手を厳しく採点するようになったことで、トップ棋士の対局はミスらしいミスが出ずに終わることが増えた。そして終盤では当然のように超絶技巧の応酬が求められる。

豊島-藤井の竜王戦に感じる「強さのインフレ」

 今回の竜王戦でも、藤井はもちろん、豊島将之竜王の指し手も非常に精度が高く、悪手は存在しなかったように見える。ほんの少しの精度の差の積み重ねが勝敗に繋がった印象だ。なお豊島は電王戦で将棋ソフト『YSS』に勝利したことがあり、それをきっかけに将棋ソフトでの研究にのめり込んだ棋士として知られている。

 思えば『りゅうおうのおしごと!』を開始した6年前は戦法の発達にも停滞感があり、人間の強さもどこか頭打ちになっていたように感じる。私を含む多くの将棋ファンは羽生善治はまだまだタイトルを持ち続けると信じていたし、その記録を更新するような棋士は現れないだろうとも思っていた。現実では起こりえないからこそ、フィクションの中で羽生を超える棋士を書くことができた。

 将棋ソフトの強さは果てしない。今では電王戦の頃から改良され続けている従来型のCPUを使ったものだけではなく、GPUを使用するディープラーニング系の将棋ソフト『dlshogi』や『GCT』が登場し、さらに精度の高い棋譜を生産し続けている。

 そしてそこから学ぶことで、藤井を筆頭に人類も急速に強くなっている。自分の指した将棋をソフトで検証するだけではなく、互角局面からソフトと対局をするような練習方法も取り入れるといったように、プロ棋士は使い方も試行錯誤し、どんどん人類を超越していっている。そこに若さは関係ない。フリークラス転出を宣言した永世名人資格者の森内俊之九段や、藤井から王位を奪われてもすぐに王座挑戦を決めた木村一基九段のように、ベテランでも将棋ソフトを使うことで自分の将棋をアップデートし続けている棋士がいる。

まるで『ドラゴンボール』のように

 まるで『ドラゴンボール』のように強さのインフレが続く現実の将棋界は、どんな漫画よりも王道の少年漫画の世界と化した。そこで生み出される棋譜を超える物語を紡ぐのは、並大抵のことではない。

『りゅうおうのおしごと!』でも、最新の15巻では遂に将棋ソフト同士が対局した棋譜を参考にして物語を組み立てた。そして将棋ソフト開発者たちにインタビューする等、常日頃から情報収集を行うことで、将棋界の進歩から取り残されないよう努力を続けている。それでも現実は今日もまた、私の想像など軽々と超越していってしまうのだが……。

 このインフレが続く限りは、現実の将棋界がフィクションよりも面白いという状況が続きそうである。

 そして藤井聡太がその成長を止める様子は、今のところ全く見えない。

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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