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タイガー・ウッズの“不倫騒動”だけではない? ナイキがゴルフクラブやボールから撤退した本当の理由 

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荒木博行

荒木博行Hiroyuki Araki

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posted2021/11/11 06:00

タイガー・ウッズの“不倫騒動”だけではない? ナイキがゴルフクラブやボールから撤退した本当の理由<Number Web> photograph by Getty Images

2000年の全米オープンで2位に15打差をつけて優勝したタイガー・ウッズ。ナイキのボールの名声も高まったが……

アパレルやシューズと、用具系のビジネスに相関があまりなかった

 さらに言えば、アパレルやシューズと、用具系のビジネスに相関があまりなかったということです。ユーザーは、ナイキのゴルフウェアを着ているからといって、クラブまでナイキにするかというのは別問題です。多くのプレイヤーは、アパレルやシューズとは関係ない視点でゴルフクラブやボールを検討しているのです。

 もちろん、参入時点でナイキはそのようなことは理解した上で意思決定したはずです。そして、それでも参入した背景には、タイガー・ウッズというアイコンの力とゴルフ市場の将来的な成長への期待があったのでしょう。しかし、その前提は、参入から10年の時を経て崩れ去りました。ナイキの期待とは裏腹に、ウッズは怪我やスキャンダルに悩まされ、そしてゴルフ市場は緩やかに衰退していったのです。ナイキの撤退はゴルフ用具業界に大きな衝撃を残しましたが、ナイキにとっては強みが活かせず、参入前提が崩れてしまった業界に、撤退以外の選択肢は残されていなかったのでしょう。

 ちなみに、この話には後日談があります。

 ウッズはその後も腰の怪我や飲酒トラブルといった多くの問題を抱えていましたが、それらの困難を克服し、43歳のウッズは2019年のマスターズで見事復活優勝を遂げるのです。メジャー優勝は11年ぶりのこと。そして、このウッズの復活によりナイキの株価は上昇します。エイペックス・マーケティングの調査によると、ナイキは2250万ドルの宣伝効果を得たとのことでした。

 ウッズが苦しい時期もスポンサーを降りず、全面的に支援しながらともに歩み続けてきたナイキ。結果的にゴルフ用具からは撤退することになりましたが、ナイキのゴルフウェアを纏ったウッズの優勝は、改めてナイキのブランドを強く印象づける形になったのです。

私たちへのメッセージ

 この事例を通じて、私たちは「隣接領域への多角化」の難しさを理解することができます。アパレルやシューズを手がけるナイキにとって、同じゴルフ業界にある「ゴルフ用具」は、見通しの良い魅力的な市場と映ったはずです。「自分たちなりのアプローチをすれば、違う勝ち筋が見つけられるのではないか?」と考えることは、決して間違ったことではないでしょう。実際にナイキもゴルフ用具市場において、参入当初は大きなインパクトを与えることに成功したことから、短期的には決して間違いではなかったと言えます。

 しかし、考えるべき問いは「それが持続的か?」ということ。企業としての強みがない、DNAに根付かない施策は、どうしても属人的な力と甘い市場見積もりに依存しがちになります。当然ながら、それは一時的な解になっても、長期的な競争力にしていくためには別次元の企業努力が必要になってくるのです。

 私たちの身の回りには、「魅力的な隣接領域」がたくさん存在します。そして、自分たちのいる領域はどうしても厳しく見えてしまうもの。そこで「隣の芝の青さ」に魅力を感じた時に問うべきは、芝の青さを前提にするのではなく、厳しい市場という前提で、自分たちの強みをそこでどうやって一から築いていくのか、という冷静な見立てなのでしょう。

 これからテクノロジーが業界の垣根をなくしていくことが予想される中、多くの企業にとって隣接領域への参入は現実的な問いになるはずです。その時に、改めてこのナイキのゴルフ用具のケースが示唆することが重要になると思います。

 ●ゴルフ用具事業失敗でわかる3つのポイント

 01 同じ市場の中にある隣接領域であっても、ルールは全く異なる。

 02 隣接領域への参入を考える際は、持続的に勝つシナリオを考えるべき。

 03 属人的な依存は短期的なインパクトは出せても、長期的にはリスク要因になる。

 

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 参照:

「ナイキがゴルフボール、日米欧中心、来月に発売――OEM供給受ける。」

 日経産業新聞 1999年1月12日

「99年ボール戦争 ナイキが2月1日から世界同時発売」スポーツ報知 1999年1月20日

「タイガー・ウッズ 大会での使用球をナイキ社製に変更」日刊スポーツ 2000年6月3日

「ナイキ タイガー・ウッズに自社製クラブの使用を求める交渉を開始」日刊スポーツ 2001年8月31日

「ナイキがついに決断した『ゴルフ撤退』の衝撃」東洋経済オンライン 2016年8月14日

「NIKE’S GOLF EQUIPMENT BUSINESS DIDN’T MAKE A PROFIT IN 20 YEARS」 GolfMagic 2017年10月31日

「Tiger Woods and the golf ball that (almost) changed it all」GOLF.com 2019年5月29日

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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