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一橋大学で法曹界を目指すはずがボートを始める→東京五輪で“史上初の快挙”…荒川龍太27歳はなぜ「救世主」になれたのか?
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byYuki Suenaga
posted2021/10/24 11:01
戸田ボートコースで練習に励む荒川。10月28日に開幕する全日本選手権ではNTT東日本の6連覇が懸かる男子エイトに出場を予定している
2015年のシーズンオフからフランス人コーチに師事
大学4年時には日本代表として舵手なしフォアのリオオリンピック出場を懸けた世界最終予選に臨んだものの、届かなかった。このときの悔しさが大学卒業後のキャリアプランを明確にした。社会人の強豪として知られるNTT東日本に入社を決めた。ボートで世界と戦う覚悟を固めた。
入社1年目の2017年に軽量級から体重制限のないオープンに転向する。軽量級では通用してもオープンとなると通用しない「壁」との戦いが待ち受ける。
だが2015年のシーズンオフからフランス人コーチに師事して取り組んでいた科学的なアプローチに成果を感じるようになる。
水上では心拍数を1分間で140~150回をターゲットに負荷を掛け、オールで漕ぐ回数を少なくして1本にパワーを注ぐ。陸に上っての筋力トレーニングでは1時間半動きっ放しで最大筋力の50%くらいのオモリを30~70回こなしていくという。かなりハードだ。
「心拍数で練習を管理するのは当たり前と言えば当たり前なんですけど、できていないことが多かった。それまでは1日午前、午後20km漕ぐとか、量をこなせばいいっていう思考に陥っていました。2019年冬からはそこをハッキリと見直すとともに、毎回、練習で良くするところを心掛けていくようにしました」
世界と戦えるフィジカルを身につけた
ボートを始めた際に70kgだった体重はいつしか86kgになった。世界と戦えるフィジカルを身につけ、タイムも伸びていく。レジェンドの武田大作は「オリンピックが1年延期になったことも彼にとってかなり大きかったように思う」と語っていた。それをぶつけると「まさにそうです」という答えが返ってきた。
「メンタル的には延期になった当初、目標がなくなった感があったんですけど、あと1年あるんだからもっと強くなれるというメンタルに変わりました。2020年の冬春は、練習の質、量ともに見直していた時期だったので、東京オリンピックまでの1年間はとてもいい練習ができました。大作さんの見立ては当たっていますね」
エルゴメーターの記録は、今年2月日本人選手で初めて6分のタイムを切った。伸びしろの途中にあったのがこの東京オリンピックだった。
今回、金メダルを獲得したギリシャのステファノス・ヌトウスコスは軽量級からオープンに上がってきた選手。体格も似ているため、荒川自身も希望を感じている。
「ブレイクスルーを起こすにはコツコツと積み上げていくしかないと思っています。ボートは地道なスポーツですから。ひたすら質と量を両立させ、追求して、いい循環に持っていく。ギリシャのヌトウスコス選手もやっぱり積み上げてきた人。やっぱりそれしかないのかなって感じました」
10月28日に全日本選手権が開幕する
これを知る者はこれを好む者に如かず。
これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。
新一万円札の顔となる渋沢栄一の著書『論語と算盤』にある孔子の言葉を胸に刻んでいる。楽しんでいるヤツにはかなわない。だからこそ苦しかろうが、辛かろうが、楽しむようにしている。辛苦があるから楽がある。だからこそコツコツの積み上げをやり切れる。
世界のベスト10に入り、6位以内に上がり、そしてメダル圏内へ。
パリへの航路は10月28日に開幕する全日本選手権から始まる。荒川はNTT東日本の6連覇が懸かる男子エイトに出場を予定している。
ブレイクスルーを、こじ開けろ。
日本ボート界の期待を一身に背負うプレッシャーも、これから待ち受ける過酷なトレーニングもレースもすべて楽しむ気概を持って、荒川龍太が出航する。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。