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落合博満「ドラ1は野本でいってくれ」ドラフト前日に落合と中日スカウト陣が異例の内紛…13年前ドラゴンズが大田泰示の指名を見送るまで
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph bySankei Shimbun
posted2021/10/23 17:04
2008年のドラフト会議。楽天・野村克也監督と談笑する中日・落合博満監督
「来年は外野が必要なんだ」
この2008年シーズン、中日は巨人、阪神に次ぐ3位に甘んじた。落合が監督になって4年目でワーストの順位であり、リーグを連覇した巨人との差は大きく開いているように見えた。
だからこそ、翌年に向けて編成上の穴を埋める、目の前の勝負を制するという点において、落合の言葉はしごく妥当であった。現実的で理に適っていた。
それゆえ、落合と中田の視点はどこまでも重ならなかった。
「監督、こういう選手は何年かに一度しか出ません。うちはそういう選手は必ず指名してきたんです」
その中田の言葉によって部屋の空気は膠着し、動かなくなった。明るいうちに会議を始めたはずが、いつしか外は真っ暗になっていた。
やがて落合が静かに言った。
「お前らには悪いんだけどな、どうしても野本が欲しいんだ」
無力感が中田を襲ったのは、その瞬間だった。
いつもそうだった。落合は星野のように声を荒げることはしなかった。その代わり、絶対に変節することもなかった。静かなトーンには、もう議論は終わりだと突き放すような響きがあった。フォルティッシモで感情をぶつけてくる星野に対し、落合はピアニッシモで明確な職分の線を引いた。
球団のオーナーや社長が認めた現場の指揮官から名指しで選手を求められれば、スカウトに言えることはもう何もなかった。
「明日、また話そう」という落合の言葉で会議は終わった。会議の後は、監督とスカウト全員で食事をするのが毎年の恒例だったが、落合は「俺はいいよ」と言い残して帰っていった。
中田の覚悟は宙に浮き、胸の不安はそのまま沈殿した。
落合「現場のわがままを通させてもらった」
翌日のドラフト会議で、中日は24歳の野本を1位で指名した。
楽天と競合になったが、球団社長の西川順之助が交渉権確定の封筒を引き当てた。球団は目の前の勝利をつかむことを選んだ。落合と中田の主張はついに交わることはなかった。
欲しかったものを手中にした落合は、番記者たちの前で言った。
「現場のわがままを通させてもらった。ものからすれば、何年かに1人の逸材がドラフト戦線にいたのは確かだ。考え方は2つある。でも、5年、10年先じゃなくて、来年の戦いに勝たないといけないんだ」
落合も認めた何年かに1人の逸材――18歳の大田泰示は巨人が引き当てた。スカウト部長の中田はどうすることもできなかった。
落合の後で報道陣の前に立った中田は衝動的な思いを口にした。