濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「頂点は林下詩美じゃなきゃダメ」23歳の“赤の女王”が重圧を超え、彩羽匠との歴史的大一番で見せた“チャンピオンのプロレス”
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2021/10/13 17:01
10月9日に行われたスターダム大阪城ホール大会。メインでは林下詩美が彩羽匠を下して防衛を果たした
試合を前にたむは言った。単にベルトを争うのではなく個人的な感情、対戦に至るストーリーを大事にするのが彼女のスタンスだ。曰く「白いベルトは呪いのベルト」。岩谷戦はその真骨頂とも言える試合で、感情むき出しの殴り合い、蹴り合いが30分ノンストップで続いた(時間切れ引き分けでたむの王座防衛)。試合後、再戦を誓った岩谷はたむをこう評した。
「認める、認めないじゃなく単純に尊敬してます。凄えヤツだなって。見て見ぬふりをしてましたけど、視界に入ってくるんですよ。白いベルトは感情のベルトと言ってましたけど、その通りだなと。独自の路線をたむが築いたんです。そのたむを私は超えたい」
悩み続けた林下の“答え”「私にしかできない試合を」
認めているから倒したい。たむと岩谷は30分かけて“愛憎”のドラマを描いた。ではメインは、赤いベルトのタイトルマッチは何を見せるか。たむと岩谷が作ったインパクトを凌駕できるのか。林下と彩羽には、長い時間をかけたストーリーはない。これまでだってそうだった。赤いベルトとは何なのか。チャンピオンはどんな存在であるべきか。個性の強い選手たちに囲まれて、林下は「ずっと悩んでました」と言う。
「タイトルマッチがセミに組まれたりもして、その中で赤いベルトが最高峰だってことを示すにはどうしたらいいんだろうって。でも悩んだ結果、最後に行き着いたのは“私らしい、私にしかできない試合をしよう”ということ。そうすればお客さんにも、周りの選手たちにも絶対届くと思ってます」
彼女は大一番の中の大一番で、正攻法の堂々たる試合を見せた。シンプルな力と技、気力体力のぶつかり合い。彩羽も派手な技より間と緩急で勝負するタイプだから相性もよかった。彩羽はサソリ固めでスタミナを奪いにかかり、林下は蹴りが得意な彩羽の脚へ集中攻撃。勝負どころでは足4の字固めで追い込んだ。この古典的な、そしてプロレスならではの技を試合で使うのは初めてだったという。
「私の中で誰にも負けないと思えるのは、中学生の頃からプロレスを見てきて、プロレスが大好きだっていう気持ちです。自分が大好きだと思うプロレス、その気持ちを強く出すプロレスをやっていきたい」
「チャンピオンがこんなこと言っちゃダメかもしれないけど…」
蹴りに耐え、スワントーンボムをカウント2で返し、林下は試合時間が30分にさしかかったあたりで大技をたたみかけた。ラリアット、パワーボム、アルゼンチンバックブリーカーから投げ捨てるトーチャーラックボム。フィニッシュのハイジャックボムまで、力で押し切っての勝利だった。キャリア3年2カ月の選手が彩羽匠を“力で押し切る”など、普通なら考えられないことだ。しかし実際にそれが起こってみると、納得の結果にも思えた。