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愛馬の「突然の死」を乗り越えた馬場馬術・黒木茜が、東京オリンピックへの挑戦を諦めた理由「一番大切なのは…」 

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カジリョウスケ

カジリョウスケRyosuke Kaji

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photograph byJRA/Ryosuke KAJI

posted2021/08/23 17:00

愛馬の「突然の死」を乗り越えた馬場馬術・黒木茜が、東京オリンピックへの挑戦を諦めた理由「一番大切なのは…」<Number Web> photograph by JRA/Ryosuke KAJI

愛馬ジジにキスをする、リオデジャネイロオリンピックの馬場馬術日本代表の黒木茜

 茜は言う。

「ジェシカとベンジャミンの兄妹仲がとてもよくて、ステーブル全体が穏やかな優しい雰囲気に包まれている。ジェシカの馬はトレーニングでも競技でもハッピーに動いていて、彼女は馬の気持ちに寄り添いながら、馬が幸せであることを追求している。ジェシカはいつも幸せそうな表情をしていて、ベンジャミンがそれを支えている。世界には競技者として目指したい素晴らしい選手がたくさんいる。でも、馬がハッピーでいられないとライダーもハッピーにはなれない。私が最終的に求めているものをジェシカやアウベンハウゼンに感じた」

 愛馬の死を立て続けに経験した茜は自らが楽しむことだけではなく、馬の幸せについてより考えるようになった。

新パートナー・ジジと歩んだ東京五輪への道

 茜は東京オリンピックに向けて、新たにZuidenwind(ジジ)とElastico(エラスティコ)の2頭をパートナーに迎えた。2020年2月、東京オリンピックの参加資格(MER)を獲得するため、アメリカ合衆国・フロリダ州の競技場に滞在した。順調に好成績を残し無事にMERを獲得し、人馬とも万全の状態だった。

 しかし、そこへ新型コロナウィルスの猛威が襲いかかる。東京オリンピックは翌年に延期、ヨーロッパの競技会は中止に追い込まれた。秋には競技会が再開されるも、今度はヨーロッパで馬ヘルペスウィルスの感染が確認されたことから馬の輸送制限や競技会の中止に至った。オリンピックを前にヨーロッパの馬術界は非常に厳しい状況に置かれていた。

 2021年4月、ヨーロッパの状況が落ち着くと、茜はようやくドイツに移動しトレーニングを再開した。しかし、ジジの状態が良いとは感じてはいなかった。とはいえ競技会に出られない状態ではない。ベンジャミンも「大丈夫だ」という。ただ、「違和感」を感じ取っていた茜は競技会を回避し、負担をかけないようにした。

 東京オリンピック日本代表選考会を翌週に控えた5月末、茜は最終調整のためオーストリアの競技会へ向かった。競技会でまず行われるのはホースインスペクション。引き馬をし、歩様や健康状態を見て審判や獣医師ら専門家たちが馬の状態に問題がないかを事前にチェックする。目に見えるような異常があればここで失権となるが、問題なく通過した。

【次ページ】 茜の心の中には常にトゥッツがいた

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