スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
「上野由岐子は右手では握手しない」の噂は本当だった “13年ぶり金”のソフトボール、28年ロス五輪での復活はあるか?
posted2021/07/28 17:15
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
JIJI PRESS
北京オリンピックのとき、私は現地の放送センターにて、メダリストのインタビューを担当することが多かった。一社に与えられる時間は最短で30秒だったり、2分だったりする。お察しの通り、こんな短い時間では実のあるインタビューは出来ない。
ただし、このときの上野由岐子のインタビューだけは忘れられない。
「上野は利き腕の右手では握手をしない」という噂を聞いていたので、私はインタビューの最後に、「握手していただけませんか?」とお願いすると、「いいですよ」と言って、上野はすっと左手を出してきた。
噂は本当だったんだ、と妙に感心してしまった。
右手は、投げる時にしか使わないという強い意志を感じた。
「奇跡のダブルプレー」と「ホームランキャッチ」
あれから13年の時を経て、上野がふたつ目の金メダルを獲得したことは感慨深い。
決勝のアメリカ戦はなにより内容が濃かった。立ち上がり、上野は苦しんだ。三塁打を許し、その後に捕手が後逸すると上野が本塁をカバーし、なんとか失点を免れた。もし、ここで先制を許していたら、試合展開は重たいものとなっていただろう。
しかし巡航速度に入ってからの上野は安定していた。3、4回は三者凡退に抑えると打線もリズムをつかみ、4回、5回に1点ずつを入れて優勢に立った。
こうなれば今大会、素晴らしい投球を見せる後藤希友を投入するパターンである。6回裏、上野がランナーを一人出したところで後藤の登板となった。
ところが、この日の後藤には予選の段階で見せていた「無双」の気配が消えていた。一死一・二塁のピンチから三塁へ強烈なライナーが飛ぶ。その後、奇跡が起こる。三塁・山本優のグラブを弾いた打球を遊撃手の渥美万奈がダイレクトでキャッチ、そのまま二塁に送球してダブルプレー。危機を脱した。
弾いた打球が他の野手のグラブに収まることは野球ではまず起こり得ず、ソフトボールならではの驚きのプレーだったが、すぐさま二塁に送球した渥美の姿にはしびれた。
しかし、アメリカも7回表に「二刀流」の藤田倭の大飛球をレフトのジャネット・リードがホームランキャッチ。その後のアメリカベンチの盛り上がりは見ていて気持ちのいいものだった。
このふたつのファインプレーはこの決勝戦を引き締まったものとし、記憶に残る試合にしてくれた。
「後藤の顔面が蒼白だったので…」
そして最終回、再び上野がマウンドに上がる。