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《アイビスSD》7年目・鮫島克駿(24)はライオンボスを“快速王者”に導けるか? カギは福永祐一の“教え”「木馬に乗りながら…」 

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平松さとし

平松さとしSatoshi Hiramatsu

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photograph byJIJI PRESS

posted2021/07/23 17:00

《アイビスSD》7年目・鮫島克駿(24)はライオンボスを“快速王者”に導けるか? カギは福永祐一の“教え”「木馬に乗りながら…」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

昨年のアイビスSDでは、ライオンボスに騎乗し2着に敗れた鮫島克駿騎手。今週末、昨年の雪辱を果たせるか?

 2年目の16年に30勝をあげると、翌17年は31勝。これで通算の勝利数を100勝とした。デビュー3年足らずでの大台突破は周囲からみれば立派と考課されたが、本人としては納得がいかなかった。

「1年目で39勝出来たのに、2、3年目はやっと30勝という数字でした。この後、減量の特典がなくなる事を考えてもとても満足出来る数字ではありませんでした」

 そこで決意を新たに、改めて努力した。具体的には自ら足を使って厩舎を巡り、頭を下げて調教に乗せてもらえるよう懇願した。その成果もあってか、減量がなくなった後も騎乗依頼が減る事はなかった。いや、むしろ増えた。それにつれて当然、勝ち鞍も増加。デビュー4年目は42勝。初年度の39勝を上回る年間自己最多勝を更新した。

「痛さよりも、ライオンボスに乗れない悔しさが勝っていた」

 そんな良い流れの中で出合ったのがライオンボスだった。初めてタッグを組んだのは19年5月の新潟競馬場。直線1000メートルで行われた邁進特別だった。

「ここで楽勝してくれました。1000万条件といえ2着に5馬身差をつける圧巻の走りをしてくれたんです」

 ライオンボスにとって初めてとなる直線の芝1000メートル戦。この短距離戦で2着に5馬身差というのは名刺代わりとしては強烈過ぎるほどで、続く韋駄天Sは格上挑戦にもかかわらず単勝2.0倍の1番人気に推された。

 そして結果、ここも難なくクリア。続く一戦でアイビスサマーダッシュに出走する事となった。

 重賞初挑戦にもかかわらず、前日の前売りが始まると、終始1番人気をキープした。しかし、誰あろう鮫島駿騎手自身がアクシデントに見舞われた。土曜日には小倉競馬場で騎乗した彼は、第1レースで落馬。骨が皮膚を突き破るほどの大怪我を負ってしまったのだ。

「気を失いそうになるくらい痛かったけど、翌日のライオンボスに乗れなくなる悔しさの方が勝っていました」

 当時の心境をそう語った。

 結局、翌日、ライオンボスがアイビスサマーダッシュを優勝するシーンは病院のベッドの上で見た。

 手術をした直後は静養を余儀なくされた。その後、徐々にリハビリの強度を増した。だいぶ患部の癒えた10月初旬にはフランスへ飛び、凱旋門賞(GI)を観戦。刺激を受け、帰国すると「一日も早く復帰出来るよう」リハビリに励んだ。

「10月27日にはライオンボスが出走すると報告を受けました。その後はそれに合わせて何とか復帰出来るようにとモチベーションが高まりました」

 結果、前日の土曜日に3カ月ぶりの復帰。翌日はライオンボスにも騎乗出来た。更に年が明けるとカデナにより小倉大賞典(GIII)を優勝。念願の重賞初制覇を飾った。

昨年のアイビスSDではアタマ差の2着

 こうして昨年の夏には1年遅れでライオンボスと共にアイビスサマーダッシュに出走した。馬にとってはディフェンディングチャンピオンとして連覇を狙った一戦となったが、結果はジョーカナチャンにアタマ差敗れての2着。鞍上は今でも悔しそうに当時を振り返る。

「とにかく悔しいのひと言しかありませんでした」

 そんな想いをした鮫島駿騎手だが、それをバネにしたか、その後の成績は目を引くものがあった。とくにここにきての活躍は目覚ましい。5月にはサンレイポケットに騎乗して新潟大賞典(GIII)を優勝。昨年取り逃がした新潟での重賞制覇を手にすると、それから2カ月と経たない7月の頭にはファストフォースでCBC賞(GIII)を勝利。このレースは、本来なら中京競馬場で行われるはずだが、今年は京都競馬場の改修による日程の大幅な変更により、鮫島駿騎手の地元・小倉競馬場での開催。小倉大賞典以来2度目となる故郷での重賞制覇を飾ってみせた。

「後から聞いたのですが、この日は偶然、父も佐賀で重賞を勝っていたみたいです。嬉しい同日親子重賞制覇になりました」

【次ページ】 福永祐一の“教え”「木馬に乗りながら…」

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