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「お父さんが怖いので…」東海大菅生の“劇的サヨナラ男” 二塁打なのにゲームセット後も三塁~ホームまで走り続けた【センバツ】
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byKYODO
posted2021/03/27 19:00
京都国際にサヨナラ勝ちし、喜ぶ逆転サヨナラ二塁打の東海大菅生・代打多井
「お父さんが怖いので、気持ちは強いと思います。小学生の頃から厳しく指導してもらっているので」
多井は2球でたちまち2ストライクと追い込まれる。若林は「ちょっとだけ、三振が過ぎりました」と振り返る。
だが、「自分で決めるつもりで入った」という多井は集中力をさらに高めていた。右打席の中で、少し上を向き、目をつむった。
「リラックスして、気持ちを整えて。(頭の中を)整理しました。気持ちでは負けていませんでした」
1球見送った後の4球目だった。外寄りの高めに浮いた変化球に、体をぶつけるようにして踏み込む。銀色のバットがボールを捉えた。ライナー性の打球は、前進守備の右翼手の頭上をスライスしながら越えていった。
「抜けたと思った瞬間、ガッツポーズが出てしまいました。嬉しくて、頭が真っ白になりました」
2人のランナーが次々とホームを駆け抜けた。
5−4。
その時点で試合は決した。ところが、殊勲の多井は走ることを止めない。二塁を回って、三塁を目指す。まるで1人だけゲームセットを拒んでいるようだった。
「嬉しさがこみ上げて、そのまま勢いよく走っちゃいました」
三塁を回った多井がホーム周辺で待つ仲間の輪に飛び込んでいく。
「(仲間からは)お前がヒーローや、って言われました。本当にそうだと思います」
記録は「サヨナラ二塁打」だが、気持ちは「サヨナラ本塁打」だった。