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「震えが止まらなくて…」バタフライに復帰して優勝、池江璃花子が「失って初めて感じた」こととは?
text by
藤森三奈Mina Fujimori
photograph byNikkan Sports/AFLO
posted2021/03/04 11:00
東京都オープン、50mバタフライで優勝した池江
池江は決勝後、立ち上がれなかった
しばらくは飛び込むのも怖いくらいだった。顔を水につけることが許されたのは4月下旬。緊急事態宣言中はプールから離れることもあった。
自由形は徐々に戻ってきたが、一層筋力を必要とするバタフライで戦えるようになるには、相当の時間が必要だった。
8月末には50m自由形でレース復帰。その後3試合の実戦はすべて自由形で臨み、ようやくバタフライでエントリーしたのが先の2月20、21日の東京都オープンだった。
予選を2位で通過し、決勝は3位でフィニッシュ。2位との差はわずか0.09秒だった。
「さすがに高校生に負けたのは悔しかったけど、負けたときは『次はないぞ』という気持ちでやっています」
池江は、白血病になる前までは、負けたことなどほとんどなかった。それが、復帰後、4位、3位、2位などを経験し、「死ぬほど悔しい」思いをしてきた。次はもう負けないぞという気持ちが、試合毎に彼女を強くしている。
予選、決勝と2本全力で泳ぐ練習はまだしていなかった池江は、決勝後、立ち上がれなかった。体にきつさを感じながらも、湧いてきた気持ちはこれしかなかった。
「100mバタフライに戻ってこられて、本当に良かった」
「勝つことの意味をちゃんと感じられるようになりました」
翌日の50mバタフライでは、自身の持つ日本記録まで0.66秒というタイムで優勝した。復帰後初めての優勝だ。
「1位になったことは、大きなステップアップでした。以前の自分は速くて当たり前、日本では勝って当たり前でした。それを失って初めて、勝つことの意味をちゃんと感じられるようになりました」
センターレーンで、独泳状態で真っ先にゴールする彼女を見ると、我々はどうしてもその先を欲してしまうが、彼女がレースの度に見せる涙の裏側には、プロセスがあることを忘れてはならない。
「白血病との闘い」も「プールに戻ってきたこと」も「優勝したこと」も、彼女にしか言葉にできない壮絶な経験だったことを。
<『ナンバー』では、隔号で、池江璃花子さんが1カ月に起きたことを日記形式で伝える「Rikako Diary」を連載中です。最新号では、ジャパンオープンと東京都オープンで感じたことを、より詳しく語っています。>
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。